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WRDin兵庫 堀田先生講演原稿

浜松医科大学眼科教授 堀田喜裕先生


 本日は網膜色素変性について最近わかったことを中心になるべくやさしく述べたいと思います。最初に病気のこと、症状、経過と合併症について述べます。続いて最近急速に進歩している分子生物学による研究成果を踏まえて遺伝について解説します。さらに最近話題になっている人工網膜の研究成果を踏まえて治療について説明します。最後に遺伝子診断、遺伝子治療を含めた今後の展望について述べます。

 変性とはいったいどんなことでしょうか。病理学の成書によると、変性とは種々の障害作用によって組織や、細胞の機能が減退、低下、停止をきたす退行性病変であるといいます。細胞の機能を障害する原因としては、物理的な力、つまり外傷から、たった1塩基対の遺伝子の異常までさまざまです。梅毒、風疹、ヘルペスなどの病原菌感染、網膜の血管障害、脈絡膜の循環障害、網膜剥離の古くなったもの、薬物などによっても網膜変性がおこることが知られています。網膜色素変性はこの異常の中では遺伝子の異常が疑われています。

 網膜色素変性は網膜の萎縮変性が緩慢に進行し、暗所視機能障害や周辺視野障害を来たす遺伝性疾患です。病名は、変性が進行すると骨小体様色素が集積することに由来します。診断は症状、検査所見、家族歴を総合して行いますが、病像や経過は個体あるいは家系ごとにさまざまです。このことは原因遺伝子の検索からも明らかで、家系によっていろいろな遺伝子の異常であることが明らかにされています。最新の眼科研究の雑誌によりますと、X染色体上に網膜色素変性の新しい原因遺伝子RP23が発見されたと報告されています。これは今までX染色体上でわかっている網膜色素変性の原因遺伝子RP2、RP3、RP6、RP15、RP24以外にRP23という原因遺伝子があるというとだけでなく、最低でも24個の遺伝子の異常が存在していることを示しております。

 先にも申し上げましたように、網膜色素変性は遺伝子異常により、両眼が罹患します。発病年齢、病変の広がり、経過は患者さんによって異なります。夜暗いところで見にくいという夜盲を最初に訴える方が多いです。一般に変性病変は眼底の赤道部に始まり、中心部に向かって広く進行します。したがって周辺部の視野から欠損し、欠損はしだいに真中の方に広がっていきます。病変の場所や程度によって視機能の異常が生じます。また、かなり見えなくなってからも光がピカピカ見えて、それをなんとか取ってほしいとよく言われます。いろいろな薬を試したこともありますが、残念ながらこれに対して著効するものはありません。合併症として特殊なものはありませんが、白内障、緑内障などがあります。現在では網膜色素変性がなければ、白内障の手術は以前より早く行われるようになっていると思いますが、この病気の場合は手術をしてもあまり喜んでもらえないことがあります。主治医の先生とよく相談してください。全身的には問題がないことが多いですが、聴覚異常と合併するアッシャー症候群が1割くらいにみられます。また、類縁疾患といって、網膜色素変性に多少とも類似するが、臨床的に区別される病気も存在します。常染色体優性遺伝形式の卵黄様黄斑変性、常染色体劣性遺伝形式の脳回状網脈絡膜萎縮、X連鎖性のコロイデレミアというような病気もあります。主として網膜の内層を障害する網膜分離症、網膜の外層を障害する錐体ジストロフィ、アッシャー症候群、カーンズセーヤー症候群など、全身疾患の1症状ということもあります。お話しているうちにかえってわからなくなるくらい多彩です。 類縁疾患について簡単に説明いたします。網膜内層に病変の中心があるものとして、若年網膜分離症と先天停止性夜盲があります。若年網膜分離症は一般に小児期に診断されます。視力障害により眼科的精査がなされて診断されることもありますが、弱視、斜視、視神経炎などと診断されていることもあります。一般に両眼性です。視力は指数弁から1.0と幅広く分布しますが、多くは0.2から0.4くらいで、50歳までは大きな視力低下はなく、60歳をすぎると急速な視力低下をおこします。眼底所見と網膜電図が診断に重要です。進行は緩徐ですが、網膜剥離、硝子体出血や緑内障を合併することがあります。X連鎖性遺伝形式をとりますので、患者はほとんどすべて男性です。最近その原因遺伝子XLRS1遺伝子が発見されました。わが国でも欧米でもほとんどの若年網膜分離症はこの遺伝子の異常によっておきます(ほぼ100%)。ERG検査が困難な幼少期にも遺伝子の検査は可能なので、診断にたいへん有用です。技術的には発症前(この疾患の場合生下時より眼底に変化があるとされ、どの時期を発症いうかは難しい)や、出生前診断も可能です。

 先天停止性夜盲は名前のとおり夜盲を訴える疾患です。0.4程度の視力は低下し、視野は正常です。網膜電図が診断に重要です。遺伝形式はX連鎖性、常染色体優性や劣性のものの報告があります。このうちX連鎖性のものや一部の常染色体優性先天停止性夜盲の原因遺伝子がわかってきています。

 網膜外層に病変の中心があるものとして錐体ジストロフィ、眼底白点症、白点状網膜炎などがあげられます。網膜色素変性は網膜の杆体の機能障害が先行し、しだいに錐体機能障害が加わるので、杆体錐体ジストロフィとも呼ばれることがあります。これに対して錐体機能障害が先行する疾患を錐体ジストロフィと呼びます。症状は進行性の視力低下と、色覚障害があり、診断には網膜電図が重要です。遺伝形式はやはり多彩で常染色体優性、劣性に加えてまれにX連鎖性の報告もあります。眼底白点症と白点状網膜炎はともに眼底に無数の白点を見る夜盲症ですが、一般的に停止性のものを眼底白点症、進行性のものを白点状網膜炎と呼んでいます。症状は眼底白点症では夜盲で、今まで停止性と言われていましたが、最近の研究では50歳をすぎると錐体機能に影響する患者もいることがわかりました。白点状網膜炎の症状は網膜色素変性に類似します。眼底白点症の原因遺伝子RDH5は最近わかりましたが、ほとんどの眼底白点症はこのRDH5遺伝子の異常によっておこります。したがって常染色体劣性遺伝形式をとります。

脈絡膜に病気の原因があるものとしてコロイデレミアと脳回状網脈絡膜萎縮があります。ともにまれな疾患です。コロイデレミアは幼少時から夜盲を自覚し、視野障害や視力低下が進行していきます。X連鎖性遺伝形式で患者はほとんどすべて男性です。特徴的な眼底像を示します。これも最近原因遺伝子REP−1が発見されました。ほとんどのコロイデレミアがこの遺伝子の異常によっておこります。女性保因者も眼底に異常所見を認めます。脳回状脈絡膜萎縮は夜盲を主訴とし、やがて求心性視野狭窄をきたします。特徴的な眼底所見で診断は可能です。この疾患はオルニチンアミノトランスフェラーゼ遺伝子の異常による全身のオルニチンアミノトランスフェラーゼという酵素の欠損によることが知られています。

その他、小口病、スターガルト黄色斑眼底、クリスタリン網膜症という病気も鑑別する必要があります。このうち小口病、スターガルト黄色斑眼底の原因遺伝子は明らかにされています。

だれでも父親からもらったDNAと、母親からもらったDNAをもっています。このう ち片方だけ(ヘテロといいます)で病気になる場合と、両方(ホモといいます)とも異常でないと病気にならない場合とがあります。前者の場合は優性遺伝、後者の場合は劣性遺伝となります。X染色体の場合はX連鎖性といって区別します。X連鎖性の場合は、患者のほとんどはXYの男性で、XXの女性は片方のみの異常がほとんどで片方異常の女性を保因者(キャリアー)と呼びます。X染色体の異常でない場合は常染色体性と呼び、優性と劣性に区別します。こうした遺伝学の基本は遺伝子異常が明らかにされていくうちに遺伝子レベルで確認されつつあります。最近経験した患者で母親が眼底白点症、子供が網膜色素変性という場合がありました。これまではもともとの遺伝子異常は同じで症状の出方が異なったのではないかという考え方もありましたが、遺伝子を検索することによって親子で異常の原因が異なることを確認することが可能となる場合もでてきました。

治療で最初にお断りしておかねばならないことは、あいかわらず特効薬がないということです。もちろん皆様は藁をもすがるお気持ちでしょうから、今のところわかっていることを述べますが、お話したことを誤解しないでください。対症療法として薬物療法、遮光眼鏡、その他の治療法があります。内服薬としてアダプチノール等の暗順応改善剤、カリクレイン、カルナクリン、ユベラなどの末梢循環改善剤、メチコバールなどのビタミン剤があります。このうちビタミンAについてはアメリカで大規模な臨床治験が行われ、ビタミンAをたくさんとっている方がそうでないものに比べて網膜電図で検討した結果、ややましだったという結果が報告されました。これは一応ちゃんとした学術雑誌にでたので、ビタミンAは食材という形であれ、肝油という形であれ、薬剤であれ、いちおうおすすめしております。しかし、あくまでも網膜電図で悪くなり方が少しましだったというレベルであることは御承知おきください。また、網膜の色素上皮細胞や視細胞ではミトコンドリアの分布密度が高いことがあり、ミトコンドリアの酵素を活性化する意味でイデベノンという薬剤の治験が行われたこともありましたが、はっきりした効果をみることはできませんでした。

漢方や、高圧酸素療法、プロスタグランディン(パルクス)などの点滴治療などが試みられています。これまでの報告ではかならずしも有効であるとはいえないようです。高圧酸素療法や、パルクスの点滴療法では一時的に明るくなり、ややましになったという話もありましたが、長期的には効果はないようです。私は患者さんがよいと思ってやられることに対してお止めすることはしません。この他散瞳剤を使用することによって自覚的な視野異常の改善が見られること、黄斑浮腫を合併した場合にダイアモックスという薬を投与することによって浮腫が軽減して自覚症状が改善することなどが知られています。どちらも特殊な例です。前に御説明した脳回状網脈絡膜萎縮という特殊な病気ではビタミンB6が有効な場合があることが知られています。

光照射によってラットなどで網膜変性が起こることが実験的に示されています。しかし、ヒトの網膜変性の保護に遮光が有効であることを示唆する報告はありません。アメリカでは網膜色素変性の患者の片眼を1日数時間5年間にわたって遮光し、視野と網膜電図の経過を観察したところ網膜変性に差はなかったと報告されています。わが国では外傷によって偶然40年間片眼が遮光の状態にあった網膜色素変性でも差がなかったという報告があります。はっきりした証明はないのですが、私は遮光眼鏡をお勧めしています。それは、網膜色素変性が進行すると患者は「ピカピカ光が見えて邪魔する」「いつもまぶしく感じる」などと訴え、遮光眼鏡によってこうした自覚症状が改善することがあるからです。遮光レンズにはコーニング、レチネックス、ニコンなどが市販されていますが、普通のサングラスでもかまわないと考えております。

人工視覚について最近さかんに研究されています。人工視覚には外部情報をコンピューターを介して送るタイプと、網膜下に埋め込んだチップが光を電気信号に変えて残余の網膜細胞に刺激するものがあります。前者はソフトを自由に変えることができ、残余網膜に伝えることだけでなく、視覚中枢に直接刺激することも可能です。しかし構造が複雑で刺激点を増やすことが難しいという問題点もあります。これに対して網膜下チップの方が小さく、比較的多くの刺激点をもつことができるものの、残余細胞を興奮させるだけの起電力を発生させることがまだまだ難しいという問題点があります。先日、世界中のニュースを賑わしたドーベル研究所の研究は、刺激を視覚中枢に伝える方法の代表的なものです。カメラからの電気信号をケーブルによって脳に埋め込んだプラグに伝えるもので、事故による視神経切断によって全盲にあった男性が、壁にかかった帽子をとって人形にかぶせるなどの動作を可能にしている姿が公開されました。刺激点が多くないので像としては見えるわけでなく、刺激点を通過した影の動きとして認識されているだけですが、それにしても全盲の人が少しでも視覚を得ることができるというのはすばらしいことだと思いました。ただし、感染の危険性あり、実際に10年以上前の感染事故によって研究の進行が大きく遅れたとそうです。ジョンスホプキンス大学のウイルマー研究所では、チップを失明した眼の網膜の前に装着して、どの点の刺激によって何が見えるか答えてもらう実験が行われています。これには近年急速に進歩した硝子体手術のことをぬきには語れません。これはそれほど歴史がある方法ではなく、ここ10年間のあいだに急速に普及した方法です。現在では糖尿病網膜症や、網膜剥離の患者に対して局所麻酔で行われています。簡単に申し上げると、眼球に穴をあけて特殊な水を眼球内に還流させ、眼球内の硝子体を切除し、さらにその奥の網膜を切ったり貼ったりするのです。眼科医としても信じられないような方法です。硝子体手術によって困難な網膜の病気が治せるようになってきました。また、硝子体手術を使うことによってさきに述べたような人工網膜を埋め込んだり、インドでは網膜色素変性のボランティア患者に対して胎児の神経網膜細胞を移植するような試みが可能となりました。こうした試みはまだ広く臨床応用できるレベルではありませんが、将来に対する可能性を期待させる試みだと考えます。

先に述べましたように、網膜色素変性の原因の遺伝子異常は少しずつわかってきています。そして類縁疾患ではその疾患の大部分の原因遺伝子が解明されたものもあります。さらに特定の酵素の欠損するマウスに対して、その酵素の正常遺伝子を導入して遺伝子の変性を遅らせることができたという報告があります。こうした試みから遺伝子異常がはっきりしている網膜色素変性に不足している酵素の正常遺伝子を導入するような試みが技術的には可能であることが示されています。すでにお聞き及びかもしれませんが、遺伝子の運びやとしてベクターというものが使われています。ベクターにはウイルスが使われています。遺伝子導入での問題は、その効率、安定性と安全性があげられますが、これらについても満足のいくようなベクターが開発されつつあります。臨床応用について、よい点としては、わずかな範囲の視細胞を救えば視力の維持が可能なので、少量のベクター注入で治療可能なこと、標的とする視細胞は閉鎖的な空間に存在するので、導入効率から有利であること、進行が緩やかなので、成人して間に合う場合が多いこと、両眼性なので、片眼をコントロールとできる点などが挙げられます。問題としては、網膜色素変性の原因遺伝子が多数あること、致死的な病気にはたして適応があるか等の倫理的な問題があげられます。アデノウイルスを使って、1996年には網膜色素変性症マウスに対して遺伝子治療が行われました。今年の報告ではレーバー先天盲という子供の網膜色素変性のイヌに対して、アデノウイルスに似たベクターを用いて遺伝子治療が行われました。この報告では1回の治療で網膜の反応はほぼ回復し、その効果は3ヶ月間持続したとのことです。来るべき21世紀にどんな進歩があるかは予測困難ですが、大きな進歩がすでにあること、たくさんの試みが行われていることを是非知っていただき、明日から生活していく上での糧としていただけたらと思います。御清聴ありがとうございました。


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