あぁるぴぃ千葉県支部だより30号


■医学講演■

★「視覚障害と生活習慣病」

千葉大学大学院医学研究院視覚病態学講師 水野谷 智
 ご紹介ありがとうございます。ご紹介いただきました水野谷です。よろしくお願い します。本日は「視覚障害と生活習慣病」という演題にさせていただきまして、網膜 色素変性症だけを特別にお話するというわけではまったくありません。ここにいらっ しゃる方全員にお話したいと思ってこの演題にしました。
 スライドに示しますように人間には五感というものがあります。これには視覚、聴 覚、嗅覚、味覚、触覚があります。見たり、聞いたり、においをかぐ、味わう、触る という五感というものがあります。第6感があるという方もいらっしゃると思います が。自分自身にとって一番重要な感覚は、何でしょう。私なら視覚を選びます。人間 が生活するうえで情報量の80%から90%は眼から入ってきますので、視覚病態学 に勤務していることもあって、視覚が最も重要です。
 視覚とは、講演にあたって違うことを言ってしまうと困るので、広辞苑を引きまし た。視覚とは眼を受容器とする感覚で、形体覚、物の形がわかる、運動覚、物の動き がわかる、色覚、何色か、明暗覚、明るい暗い、そういうすべての眼の感覚を足した ものを視覚とひとまとめに呼んでいます。
 眼の構造がわかっていないと後の話がわかりませんので、これを説明させていただ きます。レーザーポインターが見えにくい方がいらっしゃるかと思いますが、これは 眼球の断面です。こちらが角膜という黒目の部分です。この奥に虹彩という茶目があ ります。その奥に水晶体というレンズがあります。この中に眼の大部分を占める硝子 体があります。どろどろとしたものです。そのもっと奥の一番後ろに網膜という光を 感じる膜、カメラでいうとフィルムに相当するものがあります。カメラでいうと、角 膜と水晶体がレンズに相当して、虹彩が絞りに相当します。
 前の方から光が入っていきますと、角膜と水晶体で光が曲げられて、網膜上にピン トが合います。網膜が光を感じて、それが視神経と通って頭の方に行きます。それで 物が見えます。この漫画では眼にカメラが付いていて、これがずーと伝わっていって 脳の視覚領に情報が行って、それで物が見えるということになります。視覚領にビデ オが入っているようなものです。
 この経路のどこが傷んでも視力が悪くなるというような視覚障害が現れる可能性が あります。視覚障害といっても漠然としていますので、何がどう悪いのかを調べるた めに、眼科では、視力検査や視野検査を行ないます。視力検査はみなさんご存知だと 思いますけれども、視野検査というのは、見える範囲を調べる検査で、眼科でやった ことのある人はわかると思いますが、真中の真っ直ぐを見ていて、周りで光の刺激を 与えて、それがわかるかどうかという検査です。それ以外に、色覚検査、眼の度を測 る屈折検査、老眼などによる調節力の低下を調べる調節検査があります。さらに、眼 の硬さを測る眼圧検査、これは緑内障などでかなり重要な検査です。眼底検査という のがこの後の話に一番出てきますけれども、網膜の状態を見る検査です。これらが重 要な検査でよく行なわれているものです。
 高齢化社会が進む中で、生活の質を考えた場合には、視力とか視野といった視機能 をいかに健康に保てるかということが重要です。これは視覚障害の書類上の原因疾患 を調べた1991年のデータで、糖尿病網膜症というのが最も多く18.3%、白内 障、緑内障、その他があります。その他の中に網膜色素変性症が入っています。
 今日は生活習慣病の話をしたいので、ここからは眼を離れて身体全体の話をしま す。よく最近の若い人はどうだこうだといわれますが、現代は飽食の時代といわれて いまして、良くも悪くも生活習慣が欧米化しています。アメリカの真似をしていま す。日本人はだんだん不健康な生活をしているのではないかと思われています。私も そう思います。ここで健康的な生活習慣とは、どういうことか。実は1965年のカ リフォルニア大学のブレスロー教授が発表していまして、適正な睡眠時間、喫煙しな い、適正体重を維持する、過度の飲食をしない、定期的にかなり激しい運動をする、 朝食を毎日食べる、間食をしない、こういう7つの項目を挙げまして、これを実行し ている項目数が多いほど、病気になる確率が低く、寿命も長くなる。要するに、こう いうものが万病の元だと言っています。
 人に言うのは簡単なのですが、自分はどうかと考えてみますと、適正な睡眠時間が ちょっと無理だな、煙草は止めていますので喫煙しないはいいのですが、仕事が忙し くて飲酒しないはいいのですが、ときどき激しい運動をするのはとても無理だな、手 術の合間に何かを食べてしまって、自分でブレスロー先生の評価をするとまったくだ めだなと思います。日本でも同じようなことを言っている方がいます。江戸時代に生 活習慣が大事だよと言った有名な方がいます。貝原益軒ですね。福岡県の人で、16 30年ですから、江戸時代です。養生訓に「自己の欲望、内欲を抑え、外部の悪い環 境、外邪を防げば、病気にならず、天寿を保つ」というようなことが最初に書いてあ ります。
 国民衛生の動向の2003年版を見てみますと、生活習慣病に関係する、高血圧、 糖尿病、脳血管障害などの人がどれくらいいるかという統計が出ていまして、高血圧 で医者にかかっている人が719万人、糖尿病が212万人などで、全体で1400 万人以上います。これらにかかる医療費が7兆8千億円で、一般の診療医療費の3分 の一を占めています。これが1年にかかっている額で、毎年もっと増えていくことを 考えると膨大な額で、これを何とかしましょうというのが厚生労働省で考えているこ とです。
 生活習慣病というのは、特定の病気を指しているのではなくて、生活習慣が発症、 進行に関与する一連の疾患を総称する行政用語であって、医学用語ではありません。 厚生労働省が平成8年に決めた用語です。同じ用語がイギリスではライフスタイル関 連病、フランスでは生活習慣病と呼ばれています。ドイツでは文明病、スウェーデン にいたっては裕福病と呼んでいます。
 これまで、高血圧、糖尿病、脳血管疾患、がん、高脂血症、虚血性心疾患などのい わゆる成人病と呼んでいた病気は、その病気の発症、予後、病気になったあとがどう なるかということ、予後に生活習慣がすごく関係している、生活習慣でかなり左右さ れるということが明らかになっています。ただし、他に環境とか怪我とか、他の要因 もあります。遺伝要因もありますから、すべてがこの生活習慣で決まるわけではあり ません。
 これまでは病気の早期発見、早期治療、専門的に2次予防と呼ばれますが、ここに 重点を置いていました。早く見つけて早く治療するのが一番良いと。ところが成人病 といいますと、歳を取ったら必ず出るものだという意識がありまして、止むを得ない と思っている人が多いということがわかっております。それでこれを何とか変えなく てはいけないということで、生活習慣病と名前を変えました。成人病と呼んでいたの を平成8年から生活習慣病と呼ぶように変えました。要するにいろんな病気を生活習 慣病として、生活習慣を改善する、これを一次予防と呼びますが、生活習慣を改善す ることで病気の発生を予防する。一人ひとりが病気の予防に取り組んでくださいとい うのが考え方です。7兆8千億円を何とかするには一人ひとりが予防してもらわなけ ればどうしようもないということです。それでこの生活習慣病という用語が使われる ようになったのです。
 ここからまた眼の話に戻りますが、眼に関係する生活習慣病として目立つものとし ては、糖尿病による網膜症があります。糖尿病があると白内障にもなりやすいです。 ひどくなると血管新生緑内障になります。それ以外に、高血圧、動脈硬化、高脂血症 になりますと、高血圧網膜症とか、網膜の動脈が閉塞してしまう、網膜の静脈が閉塞 してしまう、そういう病気が出ることがあります。これは日常の診療でかなり頻度の 高いものです。網膜の静脈閉塞症はかなり頻度が高いものです。糖尿病網膜症もかな り頻度が高いです。
 ちょっと脱線しますが、この写真の人はかなり有名な人で、楽譜を持っています。 この方も糖尿病で苦しんだと思われます。ヨハン・セバスチャン・バッハです。有名 な作曲家です。糖尿病網膜症で失明したのではないかと思われます。その当時はまだ 検査が十分できていませんので、本当のところはわかりませんが、有名な先生が白内 障の手術をして、すぐに再手術になったが、出血がひどかったという記載が残ってい ます。眼底に出血があったということで、これは全身的に糖尿病もあったらしいの で、糖尿病の網膜症で失明されたと。最終的には、脳卒中で亡くなったということで すので、糖尿病網膜症もしかすると高血圧網膜症もあったかもしれません。これは私 の恩師であります安達惠美子先生の「眼に効く眼の話」という本が小学館から出てい ますのを引用しました。だいたいこういう講演会のときには安達先生の本が非常に役 に立ちます。同じ病気の有名な人はいないかといつも見ています。今日はバッハを見 つけましたので、ここで紹介しました。ちなみにバッハは脳卒中で亡くなりまして、 フーガの技法という曲が未完成になったという有名なエピソードがあります。
 まず糖尿病のお話をします。平成14年の厚生労働省の調査では、国内の推定糖尿 病患者数は740万人です。糖尿病予備軍が880万人、合計1620万人で、年々 増加しています。50歳以上では2割前後またはそれ以上になります。これはものす ごい数です。以前の調査では、糖尿病患者のうち、医療機関に継続して通院している 患者は約32%で、残りは通院していないというデータもあります。別の調査では半 分くらいは通院していません。多くの人が自分の健康状態を知らずに生活していると いうのが実体です。国民衛生の動向の2003年版を見ますと、糖尿病が強く疑われ る人が50歳以上で20%近く、糖尿病の可能性がある人を足しますと、70歳以上 では40%近くになります。
 糖尿病と眼について考えますと、糖尿病による合併症には腎症と網膜症と神経障害 があげられますが、糖尿病網膜症は進行すると失明する可能性があります。日本人の 中途失明の原因疾患の第1位です。その予防と治療は社会的にもたいへん重要です。  視覚障害の原因疾患で糖尿病網膜症が第1位で18.3%、途中で失明する方の第 1位です。欧米では20年以上前に糖尿病網膜症が失明原因の第1位になって、失明 者の保護のための様々な社会保障や援助が必要になりました。社会復帰させるための リハビリテーションなどのために膨大な予算が必要となって、社会問題になりまし た。
 これは正常者の眼底写真です。先ほど眼の断面図を見せましたが、これは眼の前か ら奥を覗いたものです。これは右目です。ここに視神経があります。視神経乳頭で す。ここに網膜の血管があります。このあたりが網膜の中心部で、黄斑部と呼ばれる ところです。眼の一番感度の高いところです。ここで視力が決まります。視野という のは周りの全体ですが、視力というのは真中で決まりますので、真中が悪くなると視 力が悪くなります。病気によって真中がやられずに周りだけがやられると、気が付く のが遅れるという可能性があります。
 これは糖尿病網膜症になった患者さんの眼底写真です。非増殖糖尿病網膜症と呼ば れるタイプです。出血がだんだん出てきます。網膜のところに出血します。これがは じまりから少し進んだ状態です。これがもう少し進むと、前増殖型といいまして、出 血だけでなくて白斑といって網膜が白く変化してきたり、血管がだんだん異常になっ てきます。血の行かない領域が出てきて、これはひどい状態の手前です。これでも真 中が悪くなければ視力はいい場合がありますので、こうなっても気が付かない人がい ます。それがもっと進んできますと増殖糖尿病網膜症になります。こうなりますと眼 の中にかなり出血してきます。出血すると膜のようなものが張ってきます。これは増 殖膜といって、網膜の上にくもの巣が張ったみたいになります。こちらはそれがひど くなって網膜はく離が起こった状態です。増殖糖尿病網膜症と呼ばれるかなりひどい 状態です。こうなりますと、数字で表せる視力は出なくなります。手動弁とか指数弁 とかになります。
 糖尿病ですから、血糖値が重要です。このグラフの横軸は経過観察期間、縦軸は発 症率です。ある程度治療をしている場合は9年経つと、6割ぐらいが発症します。治 療していない場合はもっとひどくなります。コントロールを厳しくすると、9年経っ たところで2割くらいに発症率を抑えられるということです。血糖値のコントロール が病気の発症率にかなり関係していることがわかります。
 参考までに糖尿病による腎症というのがあります。腎臓が悪くなって透析をしなけ ればならなくなったりしますが、透析になりますと、生存率といいまして、はっきり 言って亡くなってしまう方が多くなります。同じ透析をやっていても、失明している 人はかなり生存率が低くなります。眼がまだましな人は倍くらい生存率が高いです。 透析をやっていて、眼も失明に近いくらい悪いというと、全身的にかなり悪い状態と いえます。
 糖尿病の網膜症が出てくるのは、糖尿病になってから数年から10年後くらいで す。すぐに出てくるのではありません。血糖コントロールをしっかりすれば、予防す ることができると考えられます。ただ、気が付かないでいますと、気が付いたときに は10年たっているということになり、自分では今はじめて言われたといっても、前 段階を過ぎていることになり、そういう場合にはどんどん病気が進んでくることがあ ります。重症な糖尿病網膜症になって失明したり、眼の危機が迫っている患者さん は、全体の2割くらいいると推定されていまして、こうした事態を避けるためには、 糖尿病の患者さんは定期的に眼科を受診して眼底検査を受ける必要があります。糖尿 病かどうかというのは検査を受けていないとわかりませんから、検診も重要です。
 糖尿病になっても糖尿病網膜症が発症しづらい人がいます。網膜色素変性症の患者 さんは糖尿病網膜症が出にくいと経験的にわかっています。これが糖尿病網膜症の治 療法の開発に関係しています。強度近視といいまして近視が強い人、網膜色素変性症 の人、眼の中に何か炎症の病気がある人、網膜と脈絡膜が萎縮してだめになっている 人の場合には糖尿病があっても、網膜症が起こりにくいということが昔から知られて います。萎縮していますと変化が起きにくいのです。これに着目して、網膜に光凝固 を利用して人工的にこのような萎縮とか瘢痕を作れるのではと考えたえらい人がいま す。これがドイツの人で、マイアーシュビッケラートという眼科では有名な方で、1 950年から60年くらいにかなり研究されて実績をあげられました。レーザー光凝 固法を紹介しますと、レーザー光線を眼に当てて網膜を焼いてしまうのです。この部 分をだめにすることによって眼全体を救おうというやり方です。これは太陽の光を ルーペで光を集めて、黒い紙の上に光を集めると燃えます、焼けます。その原理を眼 の方に応用したということです。最初、マイアーシュビッケラートという先生は病院 の屋上で太陽光線を集めてやろうとしたということがあったようですが、ドイツは天 気が悪くてあまり太陽が出ないということで、とても無理だということになって、第 二次世界大戦で相手を照らすのにキセノン光が明るいというので使われたそうです が、それを眼の方のレーザー光線に応用した、強い光線が必要だというのでキセノン 光を眼の方に応用したということです。それがはじまりです。現在はキセノン光より さらに適したレーザー光が使われています。
 先ほど示したような一番悪い状態になる前の有効な予防手段はレーザーで網膜を焼 いてしまうというのが治療法です。何もしないと糖尿病網膜症の人は新生血管といい まして、出血しやすい新しい血管ができてしまいます。それを予防したり、すでに出 てしまったものをつぶして、出血するのを予防します。早めに治療して、定期的に眼 底検査をして、必要であれば早めにレーザー治療を行なうというのが糖尿病網膜症の 基本的な治療法です。
 原理は今いったようなもので、点眼麻酔という表面だけの麻酔をして、レーザー治 療をやります。外来通院でできます。レーザー治療は早い時期ですとかなり有効です が、時期が遅くなりますとやってもかなり厳しい、有効でなくなります。やらないよ りはずーとましですから、やりますが、有効性は落ちてしまいます。あくまでもこれ は進むのを予防するという治療なので、レーザーをやったから視力がよくなるという ことは、直接的にはありません。レーザーを打ったところをだめにしてしまいますか ら、わざと犠牲を払って病気全体が進みにくくするという治療の仕方ですから、レー ザーをやって明るくなったということは普通はなくて、暗くなったとか、一時的に暗 くなったと思われる方が多いです。それで治療に来なくなってしまうというケースも あります。その辺をよく説明をしてレーザー治療をしていますが、来なくなってしま うことが一番たいへんなことで、あとから悪くなってから何とかしてくれということ になりますから、だいたいそういう方はかなり重症のことが多いので、あくまでその とき暗くなっても治療が必要なのです。やらないとだめな治療です。レーザー光線を 当てますと、これが視神経ですが、白いのがレーザーのあとです。こういう感じで全 体的にレーザー光線を当てて、ひどい人ほど一杯レーザー光線を当てて、進ませない ようにします。
 次は糖尿病による白内障です。普通、白内障といいますと、老人性または加齢性と 呼ばれる白内障があります。糖尿病がある場合は、年齢よりも早めに白内障が出てき ます。何故そうなるかという原因についてはいろんな意見や研究がありますが、体内 の糖分が増えるために水晶体に糖分が蓄積し、これが原因で白内障が促進されます。 研究者によっていろんな研究がされていて、この表現が正しいかどうかはわかりませ んが、要するに糖尿病によって水晶体の混濁が進みます。そのために通常よりは早い 年齢で、例えば30歳とか40歳でも白内障が進行して、手術を受けなくてはならな い人が出てきます。この治療としては、老人性の白内障と同じで、濁った水晶体を砕 いて吸い出す、超音波乳化吸引術と呼ばれるものですが、水晶体を超音波で砕いて 取ってしまって、その代わりにアクリルまたはシリコンの眼内レンズを入れます。糖 尿病の網膜症がひどい方の場合には、白内障をやった後に、レーザー光凝固やこれか ら話します硝子体手術をする可能性がありますから、眼内レンズを入れない場合があ ります。眼内レンズを入れますと、こういった治療がやりづらくなる場合があります ので。レンズを入れないとどうなるかというと、焦点が合わなくなってしまいますの で、コンタクトレンズをつけたり、すごく分厚いメガネを掛けたりというたいへんな ことになります。ですから悪い人ほど条件が悪くなって、苦労してしまうというのが 実情です。眼内レンズはみなさんも身近な人が手術をされて知っているかもしれませ んが、多くはアクリルの、残りはシリコンのこういうレンズを入れて、眼のカメラで 言うレンズの代わりをさせるわけです。
 もう一度網膜症に戻ります。硝子体出血といいまして、糖尿病の網膜症が進みます と、眼球の中で出血が起きてきます。硝子体は眼の中の大部分を占め、どろどろとし たものが入っているのですが、ここに出血してきます。それがひどくなって網膜はく 離とかひどい状態になってきます。ひどい場合には硝子体手術を行なって悪いところ を全部取ってしまいます。こういう機械が考案されていまして、眼の中に光を当てな がら、もう一方の手で濁った部分を取る硝子体カッターを操作して手術をします。こ ういう手術が千葉大学の病院では1週間に十数件行なわれていまして、かなり具合の 悪い方がそれだけいらっしゃるということです。とにかく早期治療が重要です。こじ れないうちに手術をすると、90%近くにおいて視力の改善があります。ひどくなっ てからでは視力改善率は下がってしまいます。視力が改善するといっても、正常な視 力まで改善するのはまれです。0.1とか、0.0いくつとか、数字の付かない視力 になってしまうこともあります。こうなると日常生活というのはかなりたいへんにな りますから、そうならないように早めにレーザー治療を受けるとか、十分な治療が必 要です。
 もうひとつ糖尿病で網膜症がこじれますと、治療が遅れたりしますと、もっとも恐 いのは血管新生緑内障という緑内障の中でも特別な緑内障があります。普通の緑内障 からしますと、これは一番治りにくい、たちの悪い緑内障です。これを聞きますと眼 科医はドキッとします。どうしようかなという感じになります。それだけ治療が難し いのです。糖尿病によって網膜の血管が詰まりますと、神経が酸欠状態になって、そ れが続きますと、出血しやすい新生血管が虹彩とか毛様体とか眼全体にいっぱい出て きます。そうしますと、眼の中には水が循環して血液の代わりに酸素とか栄養分を運 んでいるのですが、その出口が詰まって通りが悪くなり、眼の中にいっぱい溜まって しまいます。そうしますと眼圧が上がって緑内障になります。眼の視神経がやられる のが緑内障です。そうなると視野が欠けます。治療がうまくできずに眼圧がずっと上 がっていると、失明に至ってしまいます。視力が残ればいいのですが、ひどいとまっ たくゼロになります。眼の中には角膜と虹彩と水晶体があり、この周りを水が流れて います。正常な人では一定の眼圧が保たれていますが、新生血管ができますと通りが 悪くなって、どんどん眼圧が上がります。風船を膨らましていくとどんどん大きく なって硬くなるのと同じです。そうすると視神経がやられます、死んでいくのです。 視野が欠けていき、真中までやられると視力もなくなります。そういう恐いもので す。糖尿病網膜症というのは糖尿病の合併症の中でも非常に危険なものです。その症 状が自覚されないうちに進行することが多くて、自覚症状が現れたときにはすでに失 明寸前という患者さんもいます。これを防ぐためには、糖尿病と網膜症についての知 識を十分に知ること、それと同時に日ごろから眼に関心を持っていただいて、状態に もよりますが年に1、2回は眼底検査を受けていただいて、大丈夫ということを確認 していただく。早期発見早期治療が失明の防止につながります。糖尿病についてはこ ういうものが一番怖いというお話です。
 ここでまた話を変えます。1914年に母の日を祝日にした第28代のアメリカ大 統領のウィルソンです。この方は眼底出血をしたらしいのです。網膜の静脈閉塞症で 眼底出血して、視力が下がったけれども、また回復したと、本当かどうかはわかりま せんが、ものの本にはそう書いてあります。これが50歳の頃です。1913年にア メリカの大統領に就任されたとき57歳でした。有名な国際連盟を提唱したけれども アメリカは参加できなかったという、第一次世界大戦のときですね。そのときの大統 領ですが、大統領の二期目に脳卒中で倒れてしまいまして、これが63歳のときだそ うですが、副大統領の方が代わりに職務を代行されたのです。網膜の静脈閉塞症が あった方ということでここに出しました。母の日を決めた方ということですが、ちな みに父の日もウィルソン大統領が考えたということです。
 高血圧や動脈硬化が原因とされる眼の病気には、高血圧網膜症、網膜の静脈閉塞症 や網膜の動脈閉塞症があります。静脈や動脈の閉塞症は、ある日突然網膜の血管、眼 底の血管が詰まって、視力が下がってしまいます。真中がやられると視力が下がる、 真中がやられなければ視力は下がりませんが、視野が悪くなります。頭の中の病気で いいますと、脳出血や脳梗塞に相当すると考えられます。治療はいろいろありまし て、一言ではいえないのですが、いずれにしても早めに眼科の方に相談して欲しいの ですが、眼の網膜というのは、脳の一部です。解剖学的に言いますと脳の一部が眼に 出ているというようなものですから、脳で起きる脳出血や脳梗塞が眼で起きる、少し 場所が違うだけです。脳か眼かの紙一重の差に過ぎません。簡単に眼底出血といって も、それが脳出血だったらどうなったかという非常に危険なサインです。
 これはまた国民衛生の動向から取ったものですが、高血圧もかなりの人数がいると いうことです。軽症の人も入れますとかなりの人数で、70歳以上で7割くらい、5 0歳以上の男性で5割を越えるくらいが高血圧です。人数が一番多いといえます。
 高血圧網膜症の眼底写真を撮りますと、これが視神経で、血管があって、かなり細 くなっています。血圧が高いと網膜の動脈は細くなります。出血とか白斑とか浮腫が 出てきます。こういうのが網膜の方に出てくるというのが高血圧網膜症です。昔より は高血圧網膜症は減っているのかと思われますが、いまだにこういう状態で来る人が たまにいます。網膜の中心動脈閉塞症が、中心というのは医者の用語でして、要する に網膜の動脈のことです。他にもいろいろな動脈がありますので、中心動脈というの はこの真中のここから出てくる動脈です。これは真中あたりの眼底写真ですが、ここ に神経がありまして、ここが網膜の中心部分です。周りが真っ白になっています。網 膜が白く変化していて、網膜の動脈全体が詰まるとこのようになります。部分的に詰 まりますと、詰まったところだけが白くなります。白い部分が悪いところです。血が 来ないと死んでしまって白くなります。中心がやられるかやられないかで視力は全然 違います。やられますと0.0いくつとか、明かりがわからないくらいになるという ことになります。幸い真中がやられないと視力が割といい場合があります。網膜の動 脈閉塞症の治療ですが、動脈が詰まりますと1時間か2時間くらいで網膜の細胞が死 んでしまいます。詰まっている原因が何かといいますと、血の塊が飛んでくるので す。こうなる人はだいたい心臓が悪いとか、動脈硬化が強いですから、頚動脈がかな り詰まっています。そういうところから血の塊が飛んでくるのです。血の塊を溶かす 治療をしたり、いろいろな薬を点滴してできるだけ血が網膜にいくようにします。眼 の圧を下げて流れやすくします。あとこの赤丸を付けたのは、患者本人ができる可能 性のあるものです。眼球マッサージといいまして、眼を押したり離したりします。眼 の手術をしたあとの人はやらない方がいいです。そうでなければ眼球マッサージは効 果があります。ペーパーバッグ法といいまして、紙袋を吸ったり吐いたりします。そ うすると、二酸化炭素が多くなります。二酸化炭素を多く吸いますと、動脈が広がり ます。紙袋を吸ったり吐いたりするだけで動脈を広げる治療ができます。過呼吸の治 療にもこのペーパーバッグ法は有効です。食事や運動などの生活習慣の改善は一番の 基本的なことですが、動脈の閉塞というのは一刻を争う治療なので、元がどうのと 言っておられませんので、早いとこ何とかしないといけないというわけで、このよう な治療を眼科ではすると言うことです。何時間もしますと手遅れになりますので、な るだけ早めに診察に来てもらうしかありません。
 次は別な病気です。網膜の中心静脈閉塞症です。逆に静脈の方です。動脈は心臓か ら送り出される血液が通る血管で、静脈は戻りの血管です。網膜の静脈が詰まると出 血してきます。この写真では全体が出血しています。この状態ですと視力はかなり悪 いです。大元のあたりで流れが悪くなっています。これは網膜中心静脈分枝閉塞症と いいまして、全体ではなくて枝が閉塞している例です。枝の部分が閉塞しています。 この例では動脈と静脈が交差しているところで静脈が閉塞して出血しています。動脈 が硬くなって、その影響で静脈が閉塞しているのです。それで静脈の方が出血すると いう病気です。
 この静脈の閉塞症の治療の場合には、食事や運動などの生活習慣の改善、薬物治療 による網膜の出血や浮腫の改善、閉塞の原因となっている血栓を溶かす、レーザー光 凝固です。こういうのを放っておきますと新生血管が伸びてくる場合がありますの で、それを防ぐためにレーザー光凝固をやる場合があります。ただ、これをやらずに 様子を見た方がよいという場合もありますので、必ずしもやる治療ではありません。 もうちょっと脹れがひどくて視力が上がらずにどうしようもない場合は、硝子体手術 を行なって、できるだけ脹れを引かせるということをします。これをやって元に戻る わけではありません。手術をすることによってできるだけ良くする、という治療をす ることがあります。あまりひどくない人の場合にはこの手術はしません。
 普段からこういう病気に気をつけること。全身疾患には眼の病気を合併することが よくあります。生活習慣病では気が付かない間に取り返しのつかない眼の状態になる ことがあります。生活習慣病にならないように努力する。それはそのとおりなのです が、どういうふうに努力するか。掛かり付けの医者の話を良く聞いたり、相談してい ただいて、なるべく生活習慣病にならないようにした方がいい。早く異常を見つける コツは、まず片目ずつで見る、視力、視野、そういうのはどうか、良い方の眼だけで 見ていますと、気が付くのが遅れる場合があります。悪い方の眼は使っていないとい うだけで、良い方の眼だけで見て、何でもないという人がいます。だから片目ずつで 見てください。メガネでも視力が上がらないときは何か異常があるかもしれません。 矯正視力不良といいまして、眼鏡屋さんにいって視力の出が悪いというときは、眼科 受診を薦めてくれますけれども、矯正で上がるというのは、近視とか、遠視とか、乱 視とかの屈折異常ですから、それではない病気が一番問題になりますから、矯正視力 がどうかということが問題です。異常を感じたら、早めに眼科の先生に相談するこ と。鏡で自分の顔を見ても眼の中の異常は見えません。白目が出血したりすればもち ろん見えますけれども、今まで話してきた眼底とか眼の中の異常は鏡で見ても絶対わ かるはずがないです。内科の先生が見てもわからないと思います。誰が見てもわから ない。ちゃんとした検査をしないと異常はわかりません。
 眼は心の窓とよく言われますが、人の身体の中で血管を直接見ることができるの は、眼底以外にはありません。だから眼底検査というのは、全身の病気の状態を推測 できる非常に大事な検査です。一人ひとりが眼の病気に関心を持っていただいて、よ り良い生活が送れるように、眼の健康に注意していくことが重要です。これで私の話 は終ります。ご静聴ありがとうございました。

Q:貴重なお話をたいへんありがとうございました。私がお尋ねしたいと思ったの は、今日の講演のテーマと全然別な網膜色素変性症について、病気の原因とか、治療 法とか、その辺の一般的な知識でよろしいのですけれども、もし教えていただければ 幸いだと思います。
A:網膜色素変性症の原因ですか。今回のお話は網膜色素変性症にあまり関係がなく て、実は糖尿病網膜症が少ないというような関係ないという話ですね。いつもみなさ んは網膜色素変性症の患者さんの会とかで、大体網膜色素変性症だとこれが悪いあれ が悪い、これが治療だという話を聞いているのだと思うのですが、今回は全く逆のお 話をしました。逆に網膜色素変性症の患者さんでは、糖尿病網膜症が少ないとか、逆 な面があると、そういうお話でした。特に網膜色素変性症の患者さんは、私は4月か ら大学の方に戻っていますけれども、その前3年間、国立千葉病院にいまして、実を 言いますと網膜色素変性症の患者さんの具体的な診療からは離れていまして、国立千 葉病院にも年に何人かの患者さんはいらっしゃいまして、JRPSがあるというお話 をしてはいるのですが、日常の中で網膜色素変性症の患者さんだけを見ているという ことは全くなくて、一般的な診療をしていますので、自分が普段やっている得意なと ころからお話をさせていただきました。原因としましては、みなさんいろいろお話を 聞いていると思います。それ以上に私のほうで特別にこれだとわかっていることはあ りません。最近では人工視覚といいまして、学会でも眼の中に人工的な光を感じるも のを入れて具体的にどんどん進めようという動きが出てきてはいます。千葉大学のほ うで実際にやっているかというと、まだやってはいないようですけれども、私の方か ら特別新しい情報を皆さんに教えるということはできません。

Q:最近新聞とか雑誌で、黄斑変性についていろいろ新しい治療法ができつつあると いうことですが、最近の治療法とこれからの見通しについて教えてください。
A:今回の視覚障害と生活習慣病という講演の中で、実は今回の講演に間に合わな かったのですが、黄斑変性症も広く考えていけば生活習慣病と言って良いのか思って いるのですが、日本でも欧米化して黄斑変性症の人数がかなり増えています。かなり 大きな原因となっているのが、食生活などの生活習慣がアメリカに近づいていること にあります。他にも何か環境があるかもしれませんが。生活習慣病の中に入れても良 いかなと思ってはいたのですが、今日はそれよりも一般的な話をしたのですが、黄斑 変性症の場合、最近ではおそらく来月くらいではないかと思うのですが、PDTと言 いまして、光感受性物質を身体に入れて、そこにある光を当てますと、黄斑変性の原 因となっている新生血管という異常な血管を攻撃できるという治療があります。そう いう治療が6月になればできるようになる予定です。機械と薬が日本でも認可され て、やれるようになりました。シンガポールとか外国ですでにやられていまして、今 までの治療より良いという成績も得られています。どういう人を治療するかというこ との研究が進められているところですから、黄斑変性症の人すべてをPDTの対象に できるかどうかはわかりませんが、今まで治療できなかった人を治療の対象にできる 可能性があります。千葉大学のほうでは6月くらいかなということですが、それ以外 にTTTといいまして、瞳孔温熱療法は千葉大学のほうでもやっています。PDTと いうのが一番新しい期待されている治療法です。実は来週講習会を受けるのですが、 PDT研究会の講習を受けた眼科専門医でないと治療ができないことになっていま す。どのような患者さんを対象にできるかをこれから検討していく段階です。実際に 受診されて、相談するということになると思います。これを心待ちにして治療を待っ ている患者さんも結構います。機械が入れば実施していくことになると思います。


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