第三回:「網膜色素変性の治療について」
九州大学病院眼科 宮崎 勝徳
今回は治療についてお話します。
最初にお話しておかなければならないことは、よく効く治療はまだないということです。
これは大変申し訳ないことですが現在の医学・医療の限界であり、それ故に国の定める、いわゆる「難病」(特定疾患治療研究事業対象疾患)に指定されているのです。
そこで何か効く薬はないかと、他の病気に使う治療薬をこれまで試してきました。
その中でビタミンA、ルテインは、ヒトを対象にこの病気の進行を遅らせたと報告されています。
またニルバジピンという高血圧の薬は、動物実験での良い結果が報告され、ヒトでも進行を遅らせる効果があると学会で報告されました。
ただし、それらの効果はおしなべてわずかであり、すべての方に効くわけでもありません。
私たちの病院でも少しでも効果があるなら試してみたいと希望される方で、副作用などに理解が得られた方に処方することがあります。
これらの薬は効果が小さいため、何とか画期的な新しい治療を開発しようと世界中で研究が進んでいます。
目指す治療は大きく2つに分けられます。
@ 悪くなった状態から見え方を良くする治療、
A 病状が悪くなる前に進行を遅らせたり、停めたりする治療です。
@には人工網膜、胎児網膜移植、視細胞再生治療などがあります。
この病気では、光を電気信号に変える大切な「視細胞」が弱っていきます。
そこで、弱って働かなくなった視細胞の代わりを作る治療法です。
人工網膜は文字通り機械がその代わりをする方法です。
すでにドイツやアメリカが中心となって実際にヒトでの治療がなされており、日本の大阪大学を中心としたグループでも行っています。
現在の技術では、粗い電光掲示板のように物の形を判別できるかどうかといった程度のようです。
それでも全く光を感じなかった方が、物が動くのが分かるようになると喜ばしいことだと思います。
今後さらに発展が期待できる治療です。
胎児網膜移植は、中絶胎児の目の中の元気な細胞を移植する方法です。
その移植された細胞の中のいくつかが視細胞になり定着し、神経のネットワークを作るようになるのが理想です。
アメリカでのこの治療で視力が向上した方がいるのは事実ですが、実際の効果のメカニズムは不明で、効果が不安定な点や、拒絶反応の可能性、日本では中絶胎児を用いることへの倫理的問題が大きな壁になっています。
視細胞再生医療は、一番の理想的な治療法です。
自分自身の細胞から視細胞を作ったり、視細胞の元となる細胞を活性化させることで、新たに自己の視細胞を作り出す方法です。
自分の細胞ですので自然で、拒絶反応もなく、神経のネットワークを作りやすいと考えられています。
しかし、視細胞を効率よく作り出す技術や、他の神経とのネットワークはまだ満足できるものではなく、その実用化には10年以上かかるのではないかと考えられています。
Aには、主に遺伝子治療があります。
この病気は遺伝子の異常が原因ですので、その異常を治すことができれば理想的ですが、今の医学では困難です。
そこで病気の遺伝子とは関係なく、薬の遺伝子を使った遺伝子治療が主流となっています。
弱っていく視細胞を保護する薬は多くあるのですが、点眼や内服ではごくわずかしか視細胞に到達しません。
そこで薬の遺伝子を使って眼の中に薬の工場を造ることで、一回の治療で長く十分な量のお薬が効き続けることができるのです。
今一番進んでいるのがアメリカで行われているCNTF(毛様体神経栄養因子)という因子を用いた治療です。
これは、CNTFをどんどん作り出すように遺伝子操作した細胞をカプセルに詰めて眼の中に埋め込む方法です。
眼の中でじわじわとCNTFが分泌され、長期間視神経を保護し続けることを目標としています。
安全性試験で数人の方で視力が改善したと報告されており、今後のさらなる研究が期待されます。
これ以外の遺伝子治療はまだ研究段階です。
私たち九州大学で行っているPEDF(色素上皮由来因子)を用いた遺伝子治療研究も現在国からの許可を得る段階で、できるだけ早く治療として認められるように頑張っています。
網膜色素変性の治療への取り組みは、世界中の研究者の努力により少しずつですが確実に進歩しています。
その未来のために現在できることは、専門性のある眼科の定期受診により、病状の現状や進行状況の情報を確実に蓄積し、将来の治療に備えることだと考えています。