html>  


あぁるぴぃ広島 Vol.3


■会員の声■

ロービジョンの講演会に参加して
        広島市西区 Kさん
 「すこやかセンターくれ」での講演会のお知らせを、「ああるぴい広島・第二号」 で見ましたので、根本さんに連絡しました。当日は千村さんでしたか広島駅前で迎え て頂き、一行8名で参加させてもらいました。
 木村先生の「網膜色素変性症とロ−ビジョン」と題するスライドを使っての講演は 分かりやすく、ある程度は理解したものと思っております。こうした運動がもっと広 まって、広島市内の眼科医でも取り上げて、実施してくれるようになることを望んで います。
 午後からは同じ悩みを持つ者同志の話し合いの場では、皆さんが私より若い人が多 かったのに、どの方も明るく前向きに取り組んでおられる姿に接して、教えられると ころがあったと感謝しております。
 ところで、これまで入会しておりませんでしたので、JRPSへの入会をお願いし ました。今後ともよろしくお願いいたします。  当日は隣におられた方が、学生時代過ごした上黒瀬の方で、昔を懐かしむことが出 来ました。
 皆様、健康に留意されましてお過ごしの程を祈念しています。お礼までに。


私の2002年は・・・。
         呉市 Yさん
 窓から顔を出して感じる風の冷たさに、−年の終わりを感じる。今年もよく頑張っ た。ニュースでは「しし座流星群」のことを言っていたので、夜空を見上げてみたの だけど、見えるはずは無いよな〜。星を見なくなってどれくらいになるだろう。子ど もの時はまだ見えていたのだけれど。
 色変と付き合って37年が過ぎ去った。晴眼者の中で隠して生きた訳ではないけれ ど、理解されないので黙って人の何倍も努力してきた。それはそれで良いことであっ たに違いない。しかし親の無知故に盲学校の存在すらしらなかった。40歳過ぎての 自立の為の学問は厳しかった。幼児から学齢期の色変の子ども達を見て、もっと早く に来たかったと思った。つくづく教育の大切さを知った。
 私は子どもの時、進学や就職、結婚と苦しんだにもかかわらず、親とは病気のこと については、話し合わなかった。自分で医学書を調べ、病院を何軒も回ったが、答え はいつも決まって、「治療法がありません。いずれは失明します。」だった。それ以 来、今に至るまで何もしていない。その事については後悔していないが、後年になっ て身内に色変がいるのにもかかわらず、血族結婚した親をせめた。昔は医学の知識が 乏しいとはいえ、親が子どもの行く末を考慮しなかった責任は大きいと考えるのは、 私だけであろうか。
 子どもには今のところ、色変の遺伝は出ていない。しかし、難しい病気をかかえて いる、障害を持つ親からは、障害の子が生まれるのかと悔やんだこともあったけれ ど、資格を取って自立の道を選んでくれたので、今のところは安心している。とは言 え、これから様々な問題をかかえるのだろう。少しでも助けになってやりたいものだ と思う。どんな立場であれ、親子が行くべき道を話し合うことは大切であろう。
 いままで、気を張り詰めて(?)生きてきたので、来年は楽しいことをしようと 思っている。とりあえず、歩行訓練を受けて、一人でお気に入りの喫茶店にいきたい なあ〜。




目次へ戻る      次へ