【緊急報告】新潟中越地震について
新潟県支部 平野 新二
地震があったのは10月23日17時56分。皆さんはこのとき何
をしていたでしょうか。川口町は震度7。電話は即不通になり、会
員の安否の確認は取れませんでした。興味深いことに、新潟から他
県へは連絡できないものの、他県から新潟への電話は可能でした。
このとき、群馬支部には大変お世話になりました。
この場を借りて感謝申し上げます。
小千谷市に、副支部長の藤巻さんが居られますが、連絡できたの
は翌日の早朝でした。私は救援を約束したものの、テレビを見ると
県警指導により自動車の進入は禁止とのこと。困ったことになった
と思いました。新幹線は脱線、在来線はトンネル崩壊で不通、高速
道路も損壊で通行禁止、一般道も通行禁止。事実上、小千谷市は孤
立しました。ライフライン3つはすべて停止状態。私は知人に頼み
、バイクを借りました。
バイクですから、荷物はたくさん積めません。荷物はカイロ、水、
おにぎり、菓子、懐中電灯、防災用ローソク、マジックペン、紙、
タオルなど。
出発は午前9時。どこへ行っても通行止め。田んぼの畦道を利用す
るしかありませんでしたが、隆起がはげしい。ガソリンもなくなる
……。給油しようにもライフラインが止まっているため、どこのガ
ソリンスタンドもポンプが作動しません。やっと自家発電で給油で
きるガソリンスタンドが見つかっても長い行列。車は一台につき
1,000円以内の給油と行政命令が出たのでしょうか、満タンは
できない状態です。
ライフラインが止まっていることで、当然、信号機もつきません
。ですから、交差点付近はノロノロ運転。墓石は倒れ、電柱は傾い
ています。ところが、奇妙なことに、橋はほとんど無傷。行くとこ
ろ行くところ、通行止めで警官が仁王立ちし、「ここは通れません
! 戻りなさい」と叱責をくらいました。みじめになり、私はその
とき、帰宅を考えました。
ここまで来る間も余震はありました。このままでは、ヤバいかもし
れない。二次災害を起こしたら、それこそいい笑いものだ……。し
かし、バイクを貸してくれた方を思い出し、前向きにならなければ
と思いました。悪いことですが、警官にうそをつきました。「お願
いです。ここを通してください。市役所へ届け物です」
藤巻さんに会えたのは13:30でした。
★新潟中越地震の被災状況報告(11月7日現在)
死者 39人 / ケガ 2,616人
/ 避難者 34,741人
全壊 428戸 / 半壊 967戸 / 一部損壊 9,436戸
★ライフライン復旧状況
停電 2,310戸 / 断水 5,076戸 / ガス停止 14,540戸
死者については小千谷がひどく、12名にのぼる。長岡は6名。
3県合同交流会が予定されていた寺泊は0だが、重傷が1名出た。
JRPSの会員については目下のところ0。ケガもない。しかし、
余震はまだ断続に続き、天皇皇后両陛下がお見舞いに訪れた日
(11月6日、小千谷市)にも震度2の地震があった。また、新潟
大学の調査団の報告によると、川口町(北魚沼郡)から堀之内(魚
沼市)に激震ゾーンがあり、幅500メートル、長さ6キロの断層
である。この地域にJRPSの会員はいない。なお、死者の中に視
覚障害者がいるかどうかは不明。