「何とか網膜色素変性症の治療法を確立したい!」


九州大学医学部眼科 池田 康博

 皆さんこんにちは、九州大学眼科の池田と申します。九大眼科といえ

ば、皆さんは遺伝子治療研究で有名な坂本泰二先生を思い浮かべる

のではないでしょうか?

 平成14年9月、坂本先生は鹿児島大学眼科教授にご就任になりまし

た。その意志を引き継ぎ発展させるため、現在、私と大学院生二人(宮

崎勝徳先生、向野利一郎先生)が網膜色素変性症に対する新しい治療

法開発の研究を続けております。今回、我々が行なっている研究につ

いてご紹介させていただく機会をいただきましたので、なるべく分かりや

すく皆さんにご説明できればと思っております。

 網膜色素変性症の新しい治療法として注目されているものには、@網

膜再生(再生医療)、A網膜移植、B人工網膜、そしてC遺伝子治療が

あります。いずれの治療法も盛んに研究が進められ、患者さんへの応

用が現実味を帯びてきている分野もあり、皆さんも大いに期待

されていると思います。

これらの新しい治療法の中で我々が注目したのは「遺伝子治療」でした

。その理由は治療する時期にあります。前3者(@、A、B)は失われた

網膜のはたらきを新たに創り出そうとする治療法でありますので、視野

がかなり狭くなって視力も低下している進行した患者さんが主に治療の

対象となります。

一方、遺伝子治療の場合は網膜のはたらきをできるだけ保存しようとす

る治療法なので、ある程度網膜のはたらきが残っている患者さんを治療

の対象とすることができます。皆さんが眼の症状を自覚して、この病気

の診断を受けたのは長い人生の半ば以前であり、将来への大きな不安

に襲われたであろうと思います。我々はこの将来への不安を少しでも取

り除ける治療法を目指したいと考えました。

 今から約30年前、遺伝子に手を加えることによって病気の治療がで

きるのではないかと考えられるようになり、この遺伝子を操作する治療(

遺伝子治療)は画期的な夢の治療法になるであろうと期待を集めました

。以来、多くの科学者が遺伝子治療の患者さんへの応用を実現しようと

研究に取組みました。

そして1990年、病気の患者さんへの遺伝子治療が初めてアメリカで行

なわれ、現在もガンをはじめとしたさまざまな病気に対して遺伝子治療

が行なわれております。眼科の分野でも、とくに先天性(生まれつき)で

治療法がまだ確立されていない網膜色素変性症は遺伝子

治療の最も適した病気であると考えられ、これまでにさまざまな研究が

報告されてきました。

 我々も網膜色素変性症をはじめとする目の病気に対する遺伝子治療

法を確立しようと研究を続けています。これまでの我々の研究で明らか

になったことを簡単に紹介させていただきます。

@ 網膜(ヒトの眼をカメラに例えるとフイルムにあたる大切な部分)に少

なくとも1年という長い期間遺伝子を作り出させることができました。

A 皆さんと同様に網膜が傷んでいく眼をもつ動物に対して遺伝子治療

を施すと、その網膜の傷むスピードをゆっくりとすることができました。

B 遺伝子治療を施した動物は少なくとも1年間はガンなどの副作用の

発生がまったく認められませんでした。

@につきましては、網膜色素変性症という病気が非常にゆっくり進行し

ていくということから、治療するための遺伝子が網膜にずっとあるという

この結果は非常に重要な点となります。ま

た、Aにつきましては次のページの図に示しますように、網膜の見るは

たらきがある程度残っている時期に治療を開始できれば、生きている間

は生活に困らない程度の見る力を保つことができる可能性を示してい

ます。Bは、あとで触れますが「安全性」という面で大事な結果でした。

 我々と同様に、欧米では動物を用いた遺伝子治療実験で大きな成果

を上げている研究が多数あります。目の別の病気(加齢黄斑変性)では

2002年よりアメリカで患者さんへの遺伝子治療が既にスタートしてお

りますし、動物レベルでの結果を踏まえればもうそろそろ網膜色素変性

症の患者さんへの応用が…、というところです。しかしながら、今のとこ

ろそういった話は出ておりません。なぜなのでしょう?

 理由の一つは、皆さんの病気の進行が非常にゆっくりであるために治

療効果の評価が難しいという点です。

この点に関しましては、我々の所属しております九大病院にて「網膜色

素変性症再来」を定期的に行なっており、治療前のデータとなる視力や

視野の変化を蓄積して新しい治療法に迅速に対応できるような体制を

整えております。

もう一つの理由は、この病気は先々では日常生活に不自由な視力にな

ってしまいますが、身体とくに命には別状がないことから、安全性の基

準が高くなる点です。先に述べましたように遺伝子治療では常に「安全

性」という問題がつきまといます。とくに我々の場合のように、

遺伝子を長期間作り出させるタイプの治療法の場合はこの点が大きな

問題となります。この点につきましても、我々は自分たちの目でその安

全性についてしっかりと検討を行ない、安全であることを確認していきた

いと思っております。

現在、我々は大型動物を使用した安全性試験を行なっております。この

安全性試験で長期間(少なくとも2〜3年間)の安全が確認できれば、

患者さんへの治療へと移行していきたいと思っております。

 いずれにしましても、患者さんへの治療を実現させるためにはまだ数

年の時間がかかります。焦らず着実に結果を積み上げ、網膜色素変性

症に対する新しい治療法として確立し、皆さんのお役に立ちたいと思っ

ております。どうぞ温かい目で見守っていただければと思い

ますし、皆さんの率直なご意見やご感想をいただければと思っています


 最後に、実験結果などについてもう少し詳しい内容を知りたい方は、

共同研究をしております九州大学大学院病理病態学ホームページ

(http://www.med.kyushu-u.ac.jp/pathol1/)にある「研究紹介」の部

分を参照してみて下さい(アンケートもありますので、ご

協力いただけたらと思います)。


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