巻頭言集 愛の話~安部利一

【ビックスワン41号より】豪雨緊急危機報道とタイムリーな防災研

ふと目が醒めたが、まだ深夜だ、何気なく時計を見たら4時前でした。どうしてこんな時間にと思うのもつかの間、ものすごい雨の音が耳に入ってきました。

私宅の周りは農家のビニールハウスが並んでいるので、それをたたく雨の音は一段と大きくなることからの目覚めでした。ラジオをつけたら益田の集中豪雨緊急危機の放送です。

5時半ごろだったか、防災無線による地域の広報マイク、激しい雨の音で十分に聞き取れないけど、並行して自宅の防災通報機がけたたましいサイレンと共に、豪雨災害の危域に達するおそれがあり、避難指示の地域名を放送。私の住む地域の避難勧告はなかったが、隣家のご夫婦は「一応避難するから」と出ていかれた。

私はもし避難するなら我が家の二階だと決め、それでも避難準備はしておこうと思って、魔法瓶にお茶を入れ、白杖や懐中電灯などそれなりに準備をし、防災用具袋も出したら中にアルミ箔シートもありました。

実際には、豪雨も断続し比較的短時間であったので、事なきを得ましたが、過日の防災研修会は、正に予期したかのようなタイムリーな研修であったことを思い知りました。講師の山本さん、白崎さんありがとうございましたと、思わず言いたくなりました。

私は、34年前に益田市が水没した時、胸まで水につかりながら階下の人の荷物を上げたりしました。昭和39年には雲南市加茂町の堤防決壊による水没災害。職員の救援に出かけたり、出雲児童相談所が大きな池の中に孤立したため、警察からのボートで子どもたちを避難させてもらいました。

また、昭和47年には宍道湖が溢れ、私が勤務するその畔の児童相談所は床上浸水。新築の我が家は、裏山の鉄砲水によって、擁壁が崩れて隣家を壊し、なお危険ということで女子高の体育館に集落ごと避難しました。

どうも私には水難の相があるみたいです。咽喉元(のどもと)過ぎると忘れがちですが、やはり防災の心構えにはそれなりに役立っているように思います。この度の研修講師のお二人からも指摘されたように、地域の人々に自分の障害状況など知っておいてもらうためにも、普段からの関わりが大切だなと実感します。

【ビックスワン40号より】障害者差別解消法とコウノトリの蘇り

今日、義務教育ではどんなに障害が重くても就学は当たり前で、どこかの学校に所属しますが、それが可能となったのは今から40年足らず前の1979(s54)年でした。それまでは就学の猶予や免除制度があり、教育対象から外されて自宅か施設生活をしていました。教育の機会均等や個人の尊厳の憲法に照らしても、障害を理由に義務教育の場から外されていることは、教育の受け皿づくりをしてこなかった行政側の責任です。保護者を中心に学識者、意をもつ市民らの長年の運動の高まりで5年間の試行後に、やっと全員就学の義務教育化が遂行されました。

その2年後(1981)に国連で障害者年が制定され、障害者の社会的参加と平等が唱えられ「ノーマライゼーション」の言葉が広く知れるようになりました。

日本の言葉で障害を意味する別の単語は、侮辱的言葉はあっても、私には他に見つかりません。英語では状態・状況を表すいろんな単語があることを知り、改めて日本の障害認識・人権意識の狭さ後進性を思い知りました。障害者権利条約が国連で2006年に採択され、日本が批准したのは2014年で世界の140番目でした。

昨年2016年4月に障害者差別解消法が施行され、松江市においてはこれが真に生活に生かされるための条例策定に取り組まれ、10月に発効しました

この差別解消法が、市民の中へ浸透していくには、私たち障害を持つ者が日常生活の中で意識していかなくては、健常者にはわかりません。これまでのように長い年月はかかるでしょうから、根気強く未来に希望を持ち続けましょう。

今年はトリ年ですが、日本の自然界から絶滅したコウノトリが、再び自然界に戻っていったのは、豊岡市の郷(さと)公園で人工飼育が始まって実に40年後の2005年でした。世界に例のないことであり、飼育員を親として育ったコウノトリに飛ぶことを覚えさすため、飼育員との必死の取り組みがテレビ放映されましたから記憶されている方もあるでしょう。

豊岡市では、世界に知れるコウノトリ研究所、コウノトリを育む豊かな自然環境で作られた出荷米、学校の教育の場、観光スポットなど、コウノトリと人間のそれぞれを大切にした相互関係取り組みの広がり、街づくりに発展しています。

ことほど左様に、障害者差別解消法もいずれは未来に人への優しさ平和な社会につながることを目指して有意義な法に育てたいものです。

JRPS山陰は、今年度の中四国地区リーダー研修の開催当番となったことで、研修のメインテーマとして先進的な松江市の状況を基調に障害者差別解消法について企画し、サブとしては松江市に名高い小泉八雲を取り上げました。内容的にはかなりのボリュームになるので、特集号としてまとめましたからゆっくり目を通してみてください。

【ビックスワン39号より】サル年の社会参加の広がり

霊長類のゴリラやチンパンジーの赤ちゃんは移動も授乳も常時お母さんにくっついているから泣いて訴える必要がないけど、人間の赤ちゃんは、お母さんから物理的に離されるから、お腹が空いたりおしっこで不快な時には、お母さんを呼び寄せるため泣いて自己主張します。

人間は元々こうして周囲との相互関係性で成長・発達し、社会生活をする仕組みになっているのですが、自己本位な人間のエゴが、その本質の公平性を阻害しています。強者は弱者を支配し、さらに勢力を広げたいと争いに発展させ、それに役立つか否かの判断基準で人間社会に差別が生まれた長い歴史があります。

戦後新憲法によって個人の尊厳が基本であることが唱えられ、支配者によって半ばマインドコントロールされてきた人々の社会文化観は徐々に変化はしてきているものの、歪められた古い観念を拭い去るのは容易ではありません。人権意識においては、日本は後進国であることを認識するのがいいかも知れません。

JRPS山陰の活動は、赤ちゃんが泣いて人間の本質を教えている「暗く不安な未来、みんなで歩めば怖くない」ことに基づいています。孫やひ孫の世代の未来を展望し、近年は、社会的視野を広げた研修や交流対象も広がっています。
こうした活動が人権啓発の活動であり、図らずも島根県の高い評価を得て知事の感謝状につながりました。先ずは、皆さんと共に喜びたいと思います。

今年は間もなくサルのですが、来年は飛べるトリ? 地で生活するトリ? それぞれに相応しい青いトリでありましょう。

【支部通信第38号より】情報を発信・受信・判断するのは誰か

今年はサル歳です。日光東照宮に掲げられた彫刻像の見ザル聞かザル言わザルが有名ですが、視覚に障害のある私たちは、制限された視覚情報を補うために人や福祉機器のお世話になっています。しかし、流れる情報そのものが制限あるいは統制されていては、どうしょうもありません。それが長い年月であったら、限られた情報でマインドコントロールされてしまいます。

過日、私は40年ぶりに加藤剛や緒方拳らが演じる松本清張原作「砂の器」の映画を見ました。物語は殺人事件の被害者や犯人を割り出すための捜査員の忍耐強い活動ですが、犯人は世界的著名に急成長した若い音楽家であり、政界の大物の娘との婚約者であることを突き止めました。その彼は、ハンセン病の父と浪々の乞食旅をしていた過去を知る人を消したわけです。しかし、彼には忘れようとしても拭い去れない幼少期からの脈絡と流れる思いがあり、それを作曲してオーケストラ公演をしますが、題名は「宿命」です。

かつては政府がライ病の撲滅運動を推進して隔離療養所に強制収容していましたから、当人は元よりその家族や親せきの者も世間との隔絶の中で筆舌に絶する辛苦な生活に追いやられました。これは国策の誤りであったことが公にされて久しいですが、恐怖心を伴っての国民への浸透は容易に修正できません。

第二次大戦終戦以前には、戦争反対の発言は国策の犯罪行為とされ、疑いをもたれると拷問や監獄入り、命との引き換えと恐れられました。未開放部落問題にしても支配者によってつくられた長年の差別問題です。その他にも制限された一方的情報で国民が統制されていることは、現在でもあります。私たちは、こうした統制された情報文化の中にどっぷり浸かって長く生活してきているので、いつの間にか情報に流されてマインドコントロールされた判断をしているかも知れません。

国境なきジャーナリスト協会が評価した日本の報道メディアの自主的自由表現度は、30年前は11位だったのが、最近では87位に落ちてかなり支配者寄りの情報が多くなっているようです。

昭和初期の詩人・金子みすずは、「大漁だと祭り騒ぎの浜の人々の一方、海の中ではイワシのとむらい」と、反対の弱い立場からも捉え、また「昼の星は見えないけど 見えなくてもあるんだよ」と、表の現象だけに囚われないで、その背景や見えない奥をも洞察する必要性を説いています。このことを前述の国策情報やマスメディア情報に照らしてみると、実に意義深い示唆が与えられます。

折しも今年4月から障害者差別解消法が施行されました。障害のある人に対する合理的配慮を説くこの法は、施す側がこれまでの経験はなく情報も極めて乏しい状況の中での実行であろうから、双方が分かり合うための相互の合理的努力配慮によってより円滑な運用がなされるでしょう。

【支部通信第32号より】明るい先が見える

4歳児を対象にしたこんな心理学の調査実験があります。

「おじさんはね、ちょっと用事があって出てくるけど待っていてね。

その間にこのマシュマロを食べてもいいよ。もし、食べずに我慢して待っていたら、もう一つ上げよう」。

実験の意図は別ですが、結果は二分され、これまで親が約束を守ってくれた体験の多い子は、おじさんを信用して我慢して待ちます。そうでない子は、先が当てにならないから食べるでしょう。

かつて第二次大戦中にドイツナチ軍によってユダヤ人が強制収容所に収容されました。死と隣り合わせの過酷な生活で未来が予測できません。

クリスマスの日が近づくと、その日に解放されるという噂が広がり、多くの人が期待して元気が出たのですが、その日が来ても全く変わらずウソであることが分かった途端、死人や精神疾患など病人が続出しました。

昨年は、ノーベル医学生理学賞にiPS細胞作成に成功した山中伸弥教授が輝きました。 医学界の革命的大発見・大成功で、これまでの常識を破って不可能が可能になりました。

今年3月には、理化学研究所の高橋政代先生をリーダーとしたチームが、加齢黄斑変性症の患者さんにiPS細胞を用いての臨床応用の申請が出されました。

世界初の網膜再生医療が実際に施されるのです。

JRPS発足当時はもとより、近年まで予測つかないことでした。

網膜色素変性症と診断され、進行するが治療法がないと言われ、

未来が見えなくなり落ち込んだ人も多くいたでしょう。

巳年の今年、キライなヘビだけど、しっかり脱皮して抜け殻を残して、次の年につないでくれることを確信的な思いで期待しています。

抜け殻を財布に入れたら財力が増えるというのは、単なる言い伝えのウソですが、何となくそんなこともしたくなる豊かな未来が見えるような気がします。

みなさん、今年も元気でやりましょう。

【支部通信第30号より】大震災と難病と未来

2011年3月11日は、東日本を襲った大地震・津波による忘れることのできない大惨事記念日となりました。

その日が近づくにつれ被災された方々は再び恐怖、不安、怒り、悲嘆など複雑な感情の呼び戻しと対峙されるでしょう。復興はなされつつあるも瓦礫処理もままならず、避難耐乏生活が続いている状況です。

放射能汚染の被災地はこれから先のことがまったく見えません。

被災地から遠く離れ、安全で安心な生活を送っている者がその方たちの思いを一生懸命に想像しても想像の域を脱し得ません。

また、人それぞれ違います。最近、難病を宣告された何人かの方とお会いしました。

信じて明るい道を歩んでいたところ突然暗闇に入った感じです。

多くの先輩諸氏が体験されたようにショックから不安、怒り、悲嘆、困惑など複雑な感情過程を経ながらもやがて暗闇に目も慣れ、周りにいる仲間の声に気づき新たな力を得られることを期待しています。

私たちは、昨年の一年を表わす「絆」の言葉の通り互いに言葉を交し合い、一方学術研究の進歩に期待することでこれから先には竜のような架空の期待でなく着実に明かりが見えるのです。今年も元気でまた集いましょう。

【支部通信第28号より】ウサギ年はどんな年に

今年はウサギ年ですね。ウサギにちなんで跳ぶ年にしようと、親は子どもに、先生は生徒に、部長は営業マンに、勢いをつけたい個人は自分自身に、それぞれが年頭に当たって声かけをしたでしょう。

しかし、ウサギはカメと競走で負けたのです。その後、負けウサギは仲間からはずされて、孤独な生活を余儀なくされますが、名誉挽回までの『まけうさぎ』 (斉藤隆介 作) の話があります。

この話から私は思いました。負けウサギはひと眠りのつもりで寝入ってしまい、そこで、気がついたのです。

連日跳べ跳べと走らされて、休みもない毎日で疲れきっていたのです。

でも、ウサギ村は結果と面子を重んじて、過労走の反省もなく負けを罰する文化度の低さです。

なんだか今のわが社会が、それを引き継いでいるように思われます。

過労死、自殺、うつ病や貧困層が増大していても 自己責任で、その背景に思いを寄せようとしない文化度ですね。

ウサギにまつわる民話は多いですね。行き倒れの旅人を助けようと自分を犠牲にしたウサギを 永久に幸せにと、神様が月へ連れて行った話。

悪知恵がばれて 皮をはがれた白ウサギの話。

キツネにだまされて 家を失った野ウサギの話。

難病の臆病を抱えるウサギたちは、不安なため集まって話しているうちにさらに落ち込み、集団自殺をしようと川辺まで行きました。

すると、驚いてカエルたちが川へ飛び込みました。

それを見て、もっと臆病者がいると意気揚々と引き上げたウサギたち。

いずれも弱いウサギで 他から支援が必要です。

私たちは、網膜の難病を抱える弱者ですが、日常生活の質を維持し、向上したいと前向きの仲間がいますし、期待する医療研究があります。

1月30日には京都で、4人の眼科医のそれぞれの専門分野から世界に発信できる日本の最新医療技術についての公開講座が開催されました。

研究の進展状況は、JRPS設立当時はもとより、5年前でも予測がつかないほどの隔世の感があると専門家ですら述べています。

さあ、今年はウサギが喜び跳ねる年になるか、みんなが集まって強いパワーを生み出すことになるか。負けウサギにならないようにしましょう。

【支部通信第26号より】動物がくれるしあわせ

冒頭から我家の話で恐縮です。

「お父さんは仕事に行くからな、カツは留守番だよ」『ミャー』

<あら、返事している>。

獣医科病院に入院している老ネコを見舞ったいつもの別れ際です。

平素そんな会話を交わして私は仕事に出かけていました。

すると、老ネコは、コタツの部屋に引き返していました。

バイクの音がすると窓から飛び出して、「ミャー」と隣のおばちゃんを出迎え、朝は玄関先まで挨拶に通っていました。

老ネコは腎不全と胸のリンパ腫で施す術がなく自宅に帰り、幼少期に家族入りさせた娘に看取られながら 16歳半の生涯を閉じました。

翌日、隣のおばちゃんや 来訪の際は必ず声かけしていたおばちゃんも、告別に訪れ、獣医科病院スタッフ一同から生花も届けられて感激ひとしお、

「カツ、ありがとう」の思いがこみ上げてきました。

バーレイ著 『わすれられない おくりもの』の絵本を思い出しました。

長老アナグマが亡くなって、悲しんだ動物たちが、それぞれアナグマに教えてもらった思い出を語り合い、「アナグマさんありがとう」と 山の向こうへ叫ぶのです。

ある小学校の子供が事故で亡くなったことにより、要請があって学校へ緊急支援に行ったとき、同級生たちにこの絵本を読み聴かせをしたことがあります。

熊本市にある 大腸・肛門専門病院(高野正博会長・医師)では、動物がもつ癒しの効果を治療に活用する 動物介在療法を取り入れて、痛みの緩和や病気の回復などに効果を上げており、その実践報告が「ペットと癒し」シンポジウム(2008年秋)でされました。

『島根あさひ社会復帰促進センター』(刑務所)では、数人の入所者がパピーウォーカーとなって盲導犬候補の子犬と共に生活していますが、過日その第一期生が盲導犬訓練センターに向かう別れの際には、入所者に涙も見られたようです。

共に生活したそれぞれの将来の社会生活に成果のあることを祈りたいですね。今年11月には、『あさひ盲導犬訓練センター』を主会場にJRPS中四国ブロックリーダー研修会を開催予定です。

今度はペットや癒しでなく、一人前に成長した盲導犬が、ユーザーの生活空間を広げて幸せをくれることを、体験的に学びたいと企画しています。

よかった過去の追憶や未来の不安を乗り越え、前向きに日々を送るために親しく語り合いましょう。

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