JRPS山陰会報誌 ビッグスワン第55号より

【巻頭言】「年頭のご挨拶」

山陰網膜色素変性症協会 会長 矢野健

新年 おめでとうございます。

皆様には、穏やかな初春をお迎えの事とお慶び申し上げます。

昨年は、2022世界網膜の日IN山陰」を松江市にて開催致しました。会員の皆様をはじめ、行政関係、福祉関係、医療関係の皆様には、多大なるご支援とご協力を賜り盛大に終える事が出来ました。衷心より御礼申し上げます。

今年は、十二支の4番目に数えられる卯年です。昨年の干支である〈虎(寅)〉とは正反対のおとなしく優しいイメージがあります。ですが、うさぎは活動的で干支では躍動や飛躍の象徴とされています。また、繁殖力が強いため、古来、安産や子孫繁栄を叶えてくれるありがたい動物とされてきました。方角は、東、時刻は6時前後1時間、季節は、旧暦2月です。

卯年は、芽を出した植物が成長していき、茎や葉が目に見えて大きく成長する年だといわれています。古くから「月」のシンボルであるうさぎにあやかり「ツキ」を呼ぶ円満な一年になりますようお祈り申し上げます。

今年も心の健康を維持するための心得を紹介します。私たちと同じ難病の眼科疾患の網膜色素変性症患者でもある、精神科医の福場将太先生の講義より一部引用します。先生は、医学生の実習生の時に眼科の指導医の先生からこの難病と診断され、将来を考えて、手術がない、精神科医の道に入られたそうです。

まずは、一般的な心の病気の原因についてです。「ナツヒコ セヤマ」の頭文字で表現します。

「ナ」は、悩み、心配事。「ツ」は、疲れ、疲労。「ヒ」は、暇、何もする事がない。「コ」は、孤独。「セ」は、生活リズムの乱れ。「ヤ」は、病、病気。「マ」は、マネー、お金の問題。これらが重複して重くのしかかってくるとうつ病を発症します。

また、コロナ禍でストレスを受けやすい人のタイプが3つあります。一つ目は、真面目な人。二つ目は、あきらめるのが嫌な人。三つめは、物事がはっきりしないと嫌な人です。逆にストレスを感じないのは、考え方が柔軟な人、機転が利く人、人の言動に流されない人です。皆様の中には心当たりの方は、いらっしゃいませんか?

それでは、視覚障がい者のコロナ禍でのストレスを考えてみます。

バリアバリュー(障壁の価値)という言葉があります。バリアがあるから知らず知らずに能力が自然についてくる事です。具体的には、日頃より眼が見えなくても感覚で空気が読めること、出来ないとあきらめたり、変更したりすることなどです。それぞれ段階はあるにせよ克服して生活しているはずです。

最後にまとめです。これも三つあります。

一つ目は、臨床的回復、つまり医学的に治療法が確立し、目が見えるようになる事。

二つ目は、社会的回復、つまり支援や本人の努力で社会生活ができるようになる事です。障がい者であれば少しずつは誰もがヘルプしてもらっています。

三つ目は、心理的回復です。たくさんの人に迷惑をかけて日常生活をしているが、ひとつでも社会の役に立つ事。いくら病気や障がいが重くても出来ない人はいません。

誰かににこっとしてもらう事を一つでも出来れば社会に役に立っているのです。これが一番大事な事だと私は思います。自分は、人の世話になっているばかりで、人のためになるなんか考えられないという事ではないのです。誰もが暮らしやすい社会を表現するのに、バリアフリー、ノーマライゼーションとか、最近では、インクリーシブな社会と呼んだりします。みんなが暮らしやすい社会、誰一人取り残さない社会という意味なのですが、果たしてそんな事が出来るのでしょうか? それは、やさしい想像力を持つ事で、相手の事情がわかる、察してあげる事なのです。私たち視覚障がい者は、やさしい想像力の達人だと思いませんか!

以上、長くなりましたが、年頭にあたり心の病気にならないようにと願って書きま した。生活の一助になれば幸いです。

令和5年 元旦

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ビッグスワン第55号より ブラインドサッカーチーム

島根オロチビート浜田 代表 拝上誠(はいがみまこと)

山陰の会報誌をご覧の皆さん、ブラインドサッカーはご存じですか。ブラインドサッカーは5人制のサッカーであるフットサルを視覚障がい者のためにルールを改良したスポーツで、パラリンピックの正式種目にもなっています。

2020年東京パラリンピックでは日本代表が出場し、世界の強豪と戦い、大健闘の末5位という好成績を収めました。その模様はテレビでも放送され日本中の皆さんにブラインドサッカーを知ってもらうとても良い機会になりました。国内では全国で約30チームあり、日本選手権や各地区のブロックに分かれリーグ戦などが開催されています。

国内大会では、アイマスクをすれば健常者も一緒になって試合に出場ができるなど、健常者、障がい者関係なく誰もが楽しめるスポーツとなっています。

2022年9月に開催された世界網膜の日in山陰では、日本ブラインドサッカー協会と島根オロチビート浜田が合同で、ブラインドサッカーの魅力や楽しさについてワークショップを実施させていただき、全国のRP会員の皆さんにもブラインドサッカーを知ってもらう機会を頂きました。関係者の皆さまには大変お世話になりました。この場をお借りしお礼申し上げます。

私たち、島根オロチビート浜田は、島根県で唯一のブラインドサッカーチームです。2019年9月に発足し、現在4年目を迎えています。最初は、私、拝上が視覚障がいになったのをきっかけにチームを立ち上げました。発足した時は私ひとりでしたが、活動に共感してくれた仲間が集まり、更に盲学校の協力もあり、浜田だけでなく東部にもメンバーが増え、活動の幅も広がってきているところです。チームビジョンを「障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会の実現」と掲げ、公式戦出場、福祉イベントなどへの参加、県内の小学校を中心とした体験授業など、ブラインドサッカーの魅力や視覚障がい者理解、多様性や共生社会の実現に向け活動を続けています。この記事をご覧の皆さんに、私たちが県内各地の小学校で行っている体験授業について、ぜひ知っていただきたいので、簡単ですが体験プログラムの内容をご紹介します。主に小学3年生の福祉教育として依頼を受け、約90分の授業を行っています。小学3年生の気持ちになって、イメージしながら読んでください。

○プログラム  視覚障がい者の話(スライドで説明)

・視覚障がい者それぞれ見え方が違うということをドラえもんの絵を使って紹介します。拝上のRPの見え方を伝えると、驚きの声が上がります。

・視覚障がい者が困っていること、うれしいこと。視覚障がい者がどんなことに困っているのか普段の学校の生活を交えてお伝えします。また困っているときにどんなことをしてくれたらうれしいのかを子どもさんたちに問いかけ、意見を伺います。

・「苦手と障がいはいっしょ」という言葉を覚えていただきます。みんなそれぞれ得意なものもあれば苦手なものもあるよね。障がいも同じ。「見ること」が苦手なだけ、自分に何ができるか考えて助けてあげれば、みんなと一緒に生活ができることを伝えます。

○プログラム  ブラインド体操

ペアを作ります。一方はアイマスクを着用し、もう一方は見えている状態とします。私がこれからする運動を、見えている人は、見えていない人に言葉で伝えて体操をしてもらいます。体操は膝の屈伸、アキレス腱伸ばしのような簡単なものから、座って足をクロスして腰をひねる体操のように徐々に難易度を増していきます。みんな一生懸命になって見えない相手に体操をさせようと頑張ります。

フィードバックとして、伝え方のポイントをお知らせします。アキレス腱などわかりやすいものはそのまま伝える。それでもわからないときはクロスや十字架など何かにたとえて伝える。座って行う体操などは、まず、座ることを伝えるなど順番に伝える。最後に、見えない方には触って伝えることが一番わかりやすいことを伝える。

○プログラム  ボール拾いリレー

5人から7人がチームになって行います。スタート位置にアイマスクをした人、その5メートル前に声出し役のガイドという役割を決めます。ガイド役が、アイマスクをしている人に声の指示で、中間においてあるボールを手で拾って持ってこさせるゲームです。役割を交代しながら、アイマスク役とガイド役を一人一回行います。ガイドとアイマスクの人は向かい合わせになるので、伝え方が難しくなります。

フィードバックとして、相手の立場に立った伝え方について伝えます。例えば、向かい合っているとき、自分から見て右側でも相手からしたら左側になることや、何メートルとか何歩など距離を知らせてあげることにより、イメージがつくことなどを伝えます。

○プログラム  シュートリレー

ボール拾いの時と同じチームで行います。スタート位置の約3メートル前にコーンを置きます。コーンの位置には声で指示するガイド役。アイマスク役はガイド役の声を頼りにボールをコーンめがけてシュートする。コーンに当たったら1点、3分間で何点取れるかをチーム対抗戦で競います。

フィードバックとして、チームワーク、協力することの大切さについて伝えます。

以上が体験授業の主なプログラムです。

フィードバックでは、協力することがブラインドサッカーの大切なことであり、普段の生活でもお互いが気持ちよく楽しく生活できることにつながると伝えます。また、街で困っている人を見かけたら手を差し伸べることを伝えます。ブラインドサッカーの強みは、視覚障がい理解や普段の生活で役に立つコミュニケーションなどを、みんなで協力しながら楽しく学べるところです。

これまで、体験会をはじめ、イベントや中学校で行われる人権講話などを含めると、約1600人と多くの方にブラインドサッカーを知っていただいています。しかしながら、県内すべての人にブラインドサッカーを知っていただくには、まだまだ長い道のりです。県内の多くの方にブラインドサッカーを知っていただくことで視覚障がいの認知度も高くなり、ビジョンである「当たり前に混ざり合う社会」に近づけるのではないかと考えています。

この原稿をご覧になった方で、私たちのビジョンや活動に賛同していただける方は、ぜひお声掛けいただき、活動のご支援、ご声援をいただけますようどうぞよろしくお願いします。

○連絡先

島根オロチビート浜田

メールアドレス b.s.team@s-orochibeat-h.com

電話 090-3637-6088(拝上携帯)

ここから写真が4枚あります。


  • 島根オロチビート浜田の横断幕を持った小学生と選手の集合写真

  • ボール拾いリレーの説明をしている拝上さんと5~7人に分かれて並んでいる小学生の様子

  • シュートリレーを実践している小学生の様子

  • 拝上さんの説明を聞いている小学生の様子

(写真説明はここまで)

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ビッグスワン第55号より 中四国盲学校弁論大会 演題:迷い、葛藤、そして今…

弁士:島根県立盲学校 本科保健理療科2年 曳野誠

令和4年6月10日(愛媛県立松山盲学校にて)

皆さんの人生の分岐点はどこですか。

私は、24歳の時初めて網膜色素変性症という聞いたことのない病名を告げられました。さらにその病気は難病で、治療法もないとも言われました。その後、何日か耳を疑い、セカンドオピニオンにも行きました。しかし、結果は同じ。

当時、私は仕事もしていて、辞めたら生活もしていけないし、どうしたら良いかわからない日々でした。私ができそうな仕事を転々とし、あるドラックストアに勤めました。そこでは、毎日仕事をこなし、良き同僚にも恵まれ、やりがいを感じながら今までにないくらいとても充実した毎日を過ごしていました。

そんなある日、一つのクレームがきっかけで、私のそれまで充実していた日々が傾き始めたのです。

そのクレームは、よくある商品の問い合わせでした。私は、確認するため、お客様から離れました。そして、商品の確認ができたので、待たせていたお客様のもとへ歩いてお伝えし、対応は無事終わったと思っていました。

しかし、そのお客様から、「なんで走ってこないの。こっちは待たされているのに。」と、強い口調で言われました。視野の狭い私は、走りたくても走れない。走ったとしても、いろんなお客様にぶつかる可能性がある。お客様の安全のために走ってはいけないと常に心に決めていました。でも、待たせたことにはかわりないことなので、ただただ、謝り続けるしかありませんでした。その時、自分の耳元で人生のドミノがパタパタっと倒れていく音が聞こえたような気がしました。

その後も仕事はこなしていきましたが、このまま続けたらまたお客様や同僚に迷惑がかかるんじゃないか、と自問自答の日々が続くようになりました。悩んでいたそんな時、ある知人から、「今、少しでも墨字が見えるなら、この先病気が進行していくのを前提に、盲学校へ行って、あん摩、マッサージ、指圧師の資格を取った方がいい。」と、助言をもらいました。それでもまだ、自分は動ける、仕事はできると強く思っていました。

しかし、現実は違い、だんだん視力も落ち、白内障も進み、今まで悩みながらしがみついていた仕事を打ち砕かれたのです。打ち砕かれた先にあったのが、盲学校の入学で、やっとそこで退職を決意しました。

春が来て、盲学校へ入学し、正直、骨や筋肉の名前、訳のわからないカタカナばかりの言葉を覚えるのが本当につらく、何度も逃げたい、辞めたいと思いました。でも、逃げたら今までの思い、決意したこと、全て水の泡。今踏ん張って乗り越えないと自分は何も変わらない。だから、今の現実に背を向けず、資格取得を目指して、私はこれからも病気と共に前を向いて歩んでいきます。

私の人生はドミノで倒れたんじゃない。私のドミノは次のステップに、新しい未来へと続いています。

ご清聴ありがとうございました。

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ビッグスワン第55号より 歩行訓練

江津市 山﨑作子(やまさきたつこ)

こんにちは。江津市の山﨑作子(やまさきたつこ)です。昨年の春、主人の転勤で浜田市から江津市へ引っ越しました。以前住んでいたことがある宿舎なので、間取りや街の様子は知っています。10年前はまだギリギリ車の運転もしており体力もありましたが、今は家族の手を借りて生活しています。

引っ越し後、西部視聴覚障がい者情報センターの方から歩行訓練のお話をいただき、私の気力も回復した秋にスタートしました。目標は近くの病院へ一人で歩けるようになることです。

初日は歩行訓練の指導をしてくださる柳井先生とざっくりあるきましたが、正直こんなに歩けないのかとガッカリしました。杖があたって何かにきずを付けたらどうしようとか、白線が薄かったりするとその日の天候によってより見えにくくなったりするので、そのたびに心が折れそうになります。見えにくいということはこういうことなんだ。歩行訓練で今の状態を改めて知ることができました。

私の歩き方を見て柳井先生は気持ちを察しながら目標物をチェックし、頭の中でゴールまでの地図を描けるように導いてくださいます。この時、私は見えるものを次から次へと先生に伝えていくのですが、こうやって家族、友人、知人に伝えていこうと思いました。そもそも見えているものしか伝えられないんですものね。

今一番苦手なのは九号線沿いです。苦手な場所に行くとその地図はだんだん崩れ、迷いストップに。ここはちょっと注意がいる、という場所も恐怖心のほうが勝ってしまうんですね。悔しいもんだから訓練が終わった後もう一度歩き始めました。でも思うように進めなくて引き返し、途中で(お手伝いしましょうか?)と通りすがりのご婦人から声がかかりました。そうか、困ったときはアクションを起こせばいい。スマホもあるので楽な気持ちになれました。

行きつくところ、何が一番ネックになっているかというと恐怖心です。数回の訓練をしていただいたその後、次の訓練まで一人で練習しました。恐怖心が出てきた時、自分から少し離れて自分を見る、という感じで「あぁ、ここが怖かったんだな。」と。そうして出てきた恐怖心を解消して歩きます。回を重ねるごとに歩き方も軽くなります。

時々変な動きをする私に先生も大変ですが、その上で安心して歩けるように指導してくださいます。

このような機会を与えてくださった柳井先生、西部視聴覚障がい者情報センターの方々に心より感謝申し上げます。

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