出雲市斐川町にある仏経山に登ってきました!

今年のGWはどこへも行かないのかなあと思っていましたが、すごく大風がふいた翌日にお出かけをすることになりました。朝、近所のおじさんとおばさんがぼくとお父さんを迎えにお家に来ました。ぼくは車の後ろの荷物を載せるところにジャンプをして乗りました。お父さんは、トレッキングシューズをはいてお弁当とお茶とぼくのお水をリュックに入れて出かけました。

今日の行き先は、出雲市斐川町にある仏経山で高さは366mです。約30分車を走らせて、出雲市斐川町の仏経山登山者用駐車場に到着しました。ぼくは車から降りると駐車場の脇でまずオシッコをして、お父さんにハーネスをつけてもらい、いざ、登頂に出発です。ほんの近くには山陰道があり車がブンブン走っています。それと、仏経山トンネルもすぐそこにありました。約100mは舗装されています。最後の民家が路は行き止まりです。そこのすぐ手前に登山入口の看板がありました。リードをつけた犬と放し飼いの犬2匹がぼくたちを出迎えてくれました。ぼくは適当に挨拶を返してお仕事モードで登山道を登ります。路幅が50cmもないくらいだし、竹の葉や木の葉が足元には沢山積もっています。それに昨日の暴風で竹が倒れて路を塞いでいました。竹林を過ぎると路には、石ころや木の根っこがあったり勾配は急だったりしてなかなか簡単には登れません。耳をすましてみるとちょろちょろと水が流れる音がしています。山水(やまみず)なのか池でもあるのかは竹や樹木で判別出来ませんでした。あとで、調べてみたら池があったようです。上を見上げると木の葉の間から少し木漏れ日がしています。足元の悪さにお父さんもぼくもハーハーともうせつくなってきました。時々ある20~40cmの根っ子の段差が余計に路を険しくしています。険しい路ですが、時折、広い路幅と平らなところがありました。5分くらいずつ休憩をしながら登ります。山腹には、展望出来るような開けたところまで登ってきました。斐川平野が一望出来ます。出雲空港はもう少し東の方向なのか視界には入りません。よく踏まれた登山道をしばらく進むと、巡視路は直進方向に続いていますが、登山道は右へ分岐します。分岐点には指導標が立っていますので迷うことはありません。山腹につけられた道が続きますが、このあたりからは、急に滑りやすくなるので注意が必要です。見晴らしはないものの、明るい木漏れ日の射す登山道を快適にしばらく進むと、坂の傾斜がきつくなり、ロープの渡された坂道を登ります。このロープは約10mくらいありますが、下半分は直径3cmくらいですが上半分は工事現場のトラロープみたいでか弱いものでした。一層きつくなった路を登ると空が開けて頂上広場に到着しました。登って来た路を下山するのかと思うと気が滅入りそうです。広く平坦な展望広場の中央には南無妙法蓮華経と彫られた石塔が立っています。北の展望を眺めると斐川平野が広がっています。今日は、霞み気味の展望ですが、眼下に広がる景色は美しいですが、頂上周辺に立木があり視界が不十分な感じです。展望広場入口には、案内看板があり、仏経山のいわれが説明してあります。案内にはこう書かれています。

出雲平野から南を見ると、ひときわ高くそびえ立つ山を古くから神名火山といっていました。出雲風土記(733年)に「神名火山という」とあります。神名火の名火は、かくれこもるという意味がありますので、キサヒの神がおしずまりになっている山といわれています。これを今は、仏経山と読んでいます。

戦国時代中国地方に勢力をもっていた武将尼子経久は、この山に十二の寺を建て、薬師十二体を安置し、山の名も仏経山と改めて、尼子家の安泰を祈ったといわれます。神の山が仏の山に変わるという全国的に珍しい山です。

また東の峰には、天保年間に建てられたと言われる石塔があり、新川を開通した時、無縁仏の霊を祀ったものと言われています。斐川町史より。頂上広場を左の方向に100m進むとNTTの中継アンテナがありました。本当の頂上はこの辺りかもしれません。昔も今も一望にみわたして斐川平野を見守っている神様の山なのでしょう。

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