障害がある人たちと支援技術ー誘導ブロックの事例ー

鎌田 一雄(宇都宮大学名誉教授)

先日、熊野館で開催された「平成24年度JRPS山陰支部 総会&交流会」に家内と二人で、はじめて参加させて頂きました。

この3月まで、宇都宮大学で研究室の学生たちと一緒に福祉に関連する分野で研究を行ってきました。その一部を自己紹介として述べさせて頂きます。

約30年間、視覚に障害がある人たち、聴覚に障害がある人たち、肢体不自由な人たちを対象として、日常生活活動の支援方法を検討してきました。

特に、支援機器類の技術的な開発方法と、それらの機器類が本当に役立つような使用環境などを対象としていました。

ここでは、先天全盲者の歩行支援に関連する事例から認識した課題を述べます。

JR東日本宇都宮駅構内での歩行支援を数年にわたって検討しました。

この検討からは、非常に多くのことを学びました。

その中から全盲者の歩行における空間認識に関連して、視覚が自由に使用できる晴眼者の歩行支援への理解と、全盲者の実際の歩行との違いについて、誘導ブロックを利用した歩行を対象に述べます。

誘導ブロックは、視覚に障害がある人たちが、例えば白杖でブロックを確認しながら経路に沿って、歩行者が行きたい場所へ到達するためのものと考えられています。すなわち、誘導ブロックは、視覚に障害がある人たちへの歩行支援という役割を果たすために敷設されており、伝い歩きができる視覚に障害がある人たちは、誘導ブロックを有効に活用できるという認識が多くの晴眼者に共通する認識と思われます。

歩行訓練を十分に受けて、単独歩行も十分にできるスキルを身につけている先天全盲者に、あまり慣れていない駅の構内を歩いてもらいました。誘導ブロック路は、複雑な分岐を繰り返しながら複数のプラットホーム、トイレなどへつながっていました。一つのプラットホームを選んで、改札口から入って、階段を下りてホームまでの歩行をお願いしました。

経路途中に存在する誘導ブロック路の分岐の一つが、エレベータと、すぐ近くのホームへ下る階段と、さらにもう少し先にあるホームへ下る階段との3つの経路に分かれていました.エレベータすぐ近くにある階段を使って目的のホームへ下りてもらうように歩行者に指示しました。

しかし、 複数回の歩行をお願いしましたが、 指定した階段を使ってホームへ下りることは、一度もできませんでした。

すべて一番離れた端の階段からホームへ下りる経路しか歩行できませんでした。

視覚的な確認ができる晴眼者にとっては、分岐点で、どの誘導ブロック路を選んだらどこへたどり着くことができるか容易に判断できます。

したがって、目的の場所へ至る誘導ブロック路を適切に選択することに何ら問題はありません。ところが、先天全盲者の歩行では、状況が大きく異なりました。

白杖で誘導ブロックを伝い歩きする全盲者は、どの経路がどこへ至る誘導ブロック路であって、目的地へ行くためには、分岐点でどの経路を選択すべきかかという判断は、非常に慣れている経路であれば可能でしょうが、初めての場所、慣れていない場所では、ほとんど不可能です。

すなわち、晴眼者は、誘導ブロック路がどのような構造であっても全体を見渡せば、それぞれの経路の行き先を理解することができます。

ところが、視覚に障害がある人は、今回の先天全盲者のように、白杖を利用していても半径1メートル程度と、非常に限られた範囲内の誘導ブロック路の状況しか解釈できません。

たとえ経路が分岐していることがわかったとしても、歩行者が持っているメンタルマップと周囲の状況などから、目的地へ至る誘導ブロック路が正確に特定できない限り、適切な歩行ができません。

その場に慣れていない限り、分岐点にいても、その先のすべては見えないのです。

視覚的な情報入手に制約がある人たちと、視覚的な確認が自由にできる晴眼者とに大きな違いがあります。この歩行観察を通して、私たちは、視覚に障害がある人たちの空間認知と経路選択は、晴眼者が単純に思い浮かべるものとは大きく違うことを実感しました。

誘導ブロックという歩行支援に関する実験から、なぜ多くの誘導ブロックが、利用者である視覚に障害がある人たちにとって使いにくい、あるいは使うことができないものとなってしまうかを理解できる気がしました。

つぎに、「思考停止」という用語をキーワードにして説明します。

晴眼者は、誘導ブロック路が複雑な形状でも全体を見渡せば、それぞれのブロック路の行き先が理解できます。

さらに、メディアを通した多くの社会的な情報から誘導ブロックは、視覚に障害がある人たちの歩行を助ける道具であることを知ります。

これらから、多くの人たちは、「誘導ブロックがあれば視覚に障害がある人たちは歩行できる」という理解をし、誘導ブロックの概念が固定化し、定着してしまいます。

一度、理解が定着すると、誘導ブロックについて考えることはほとんど無くなります。

これが思考停止という現象です。

何か関連した事柄が自分の中で生じたとしても、固定的な判断で理解してしまいます。

実際に必要な、疑問とか、詳細な議論は起きません。

このような誘導ブロックへの固定的な理解が、非常に使いにくい、あるいは本来の歩行支援機能を果たすことができない誘導ブロック路をたくさん作り出しているのではないかと考えます.誘導ブロック路をデザインし、それを敷設する人たちにとっては、視覚的に経路の判断ができるため、暗黙のうちに視覚による経路確認を想定した誘導ブロック路を作ってしまうのではないかと思います.どうすれば、実際の利用者にとって有効な誘導ブロック路を作ることができるでしょうか?

宇都宮市に住んでいた頃、ある私鉄駅の周辺整備事業で、視覚に障害がある人たちが、誘導ブロック路の敷設も含めたデザインに参加したことがあります。

あとで、整備された駅周辺は、かなり歩き易くなったという話を当事者から聞きました。

思考停止の現象に陥らないためには、それなりのスキルと努力とが必要です。

今回の先天全盲者の歩行観察事例から、次のような要因が重要であると思います。

(1)まず、晴眼者と視覚に障害がある人とは、いまの場所がどのような空間構造であるかという空間認知において大きく異なることを認識しなければなりません.まわりの空間の探索方法と、見渡すことができる空間の広さとが晴眼者と視覚に障害がある人とでは大きく異なることを認識する必要があります。

(2)つぎに、このような空間知覚と解釈の違いを、適切に晴眼者が理解するためには、何をすればよいかを考えなければなりませんアイマスクをして歩行するなどの疑似体験と、視覚に障害がある人たちから、直接、日常生活の状況を聞くことは、有効な方法であると思います。もちろん、うまく行かないこともありますが、

最後に誘導ブロックの事例から、私たちが認識した障害がある人たちへの支援技術、支援装置の実際的な開発に関連する課題を述べます。

誘導ブロックの知覚行動の実験が、これまでに多数行われています。

1枚の誘導ブロックの大きさや突起形状などの構造については、良く実験されています。

また、誘導ブロックを組み合わせて構成した実験的な経路の知覚特性、歩行特性も良く調査されています、これらの実験結果から、多くの有益な知識が蓄積されています。

ところが、実際の誘導ブロックの敷設工事では、本稿で述べたように「誘導ブロックがあれば視覚に障害がある人たちは歩行できる」という固定観念に基づいたデザインと敷設作業になる危険が非常に大きいと危惧します(悪い事例が多数観察されます)。

基礎的な支援技術開発とそこで蓄積された知識が、実際の技術の適用場面では、すっかり忘れ去られてしまい、使用する人の特性と使用する状況などの重要な要因が、上述の「思考停止」という現象によって、まったく考慮されないという結果を招いていると思っています。

この技術開発と開発された技術の実際的な適用との2つのフェーズをしっかりと結びつけることが必要です。このために、「利用技術」という概念が重要と思っています。これについては、別に機会があればお話しさせて頂きたいと考えています。

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