「この病気とつき合って」

K・K(女性 早良区)

  私はこの病気になって22〜23年になります。

初めて眼科に行って名前を聞いた時、びっくりしました。「網膜色素変性症です。」なんだか意味も分からない病気で、その時はまだ視力がありましたから一人で行動していました。
だんだん年を重ねる毎に左目の方が太陽の日差しに眩しくなって、また眼科へ行きました。そこでは白内障の手術をしました。でも、その手術の終わった明くる日に検査で「左の方の神経が死んでいますね。」と言われてがっくりきました。それでもまだ右目の方の視力がありましたから、そんなに気にすることもなかった感じです。
 
それからまた何年か経ってくるうちに、だんだん視力が落ちてくることに気付き出しました。夜になったら全く暗い所が分からなくなったり、それから信号機の色、物の形や色、物を落とした時どこに落としたのか分からなくなりました。

これじゃ本当に駄目だなと思って訓練所を見つけました。そこで白杖を頂きました。最初は抵抗があり白杖を持つことに恥ずかしいということが頭にあり、なかなか使えない感じでした。それでも、そこの訓練センターで2年くらいかかって、やっと一人で歩けるようになりました。
 
そこの訓練センターで同じ境遇の人たちと友達になっていくうちに「私一人じゃないんだなあ」と思いながら、気持ちを前向きに前向きにと思って、それから一番私の好きなカラオケをしようかなと思って歌い始めました。でも全く字もわからないのにどうやって歌っていくのかと思うと恥ずかしい気持ちもありました。

そのうちにガイドさんをつけたらと勧められてガイドヘルパーを申し込むようにしました。それからは行動範囲も広くなりました。今では、カラオケの方でも、自分でテープを聞きながら、だんだん歌詞を暗記して歌うようにしています。
 
もともと何でも興味を向けるのが好きな性格で、ある友人に勧められて今ではパソコンもやっています。パソコンやったらすごく楽しくて、パソコンを購入して半年余りでメールのやりとりも出来るようになりました。最近それがとても楽しみです。たとえ目が見えなくても何でも出来るんだな、いろんな所を利用して何でも出来るんだなと思いました。
 
それからまだ良いことは、いろんなことが楽しめること。自分でものを食べたり感じたり、美味しいものを美味しいと感じたり、やはり目が見えない分、周囲の音や匂いにも敏感になってきました。見えなくなったら他の所が発達してくるんだなと自分で感心している今日この頃です。私としては、今のところあまり不自由さは感じていません。
 
私は、希望を捨てずに明るく前向きに生きたいと思います。たとえ視野がなくても心の視野を広く持ちながら、明るく毎日を過ごしていきたいと思います。



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