あぁるぴぃ広島 Vol.4


■会員の声■

盲導犬ウエンズデーとの出会い
             沼隈町 Kさん

1 網膜色素変性症で見えなくなるまで
 私は1944年生まれの男性です。山間の農村に7人兄弟の末っ子として生まれて そこで育ちました。若い頃は(50歳くらいまでは)通常に見えていましたが、それ を過ぎる頃からだんだんと視力が落ちて自転車で川に落ちたり、歩いていても何回も 川や溝に落ちるようになりました。その時にけがをして、顔を何回も外科医で縫って もらいました。多い時は12針も縫いました。これではいけないと思い、白杖を我流 で使うようになり、その間もだんだんと視力が下がって、2000年4月から9月の 末まで、大阪市にある日本ライトハウスの第3生活訓練部に入所しました。入所の時 はパソコンの画面は、わずかですが見えていましたが、終了の時は画面は見えなく なっていました。

2 ウエンズデーとの出会い
 盲導犬の申請は確か1998年から、したと想います。2001年の9月頃に日本 ライトハウスの行動訓練所(盲導犬訓練所)の早川所長さんが、我が家を盲導犬(イ ングリット)と共に調査にこられました。その後、「訓練が決まったので、11月2 6日から訓練を受けるように。」と通知がありました。
 11月26日に妻と訓練所に行きました。大阪府の富田林の近鉄電車からバスに乗 り換えて、山道を登って行きました。バスを降りて急な昇り坂を息を弾ませながら3 0分ぐらい登った静かな所に訓練所は在りました。車で10分も行くと、もうそこは 奈良県だそうです。26日は顔見せで私たちは長野県と大阪府豊中市の人と3人で一 緒に訓練を受けることになり、指導員のT先生の紹介がありました。
 27日の夕方には盲導犬との引き合わせが有りました。各自の盲導犬の両親、生ま れた所など、ウエンズデーは訓練所の生まれです。一緒に訓練を受けた、以前我が家 に来たことのあるイングリットという盲導犬はオーストラリアの生まれです。生年月 日、パピーウオカーさんの住所、氏名、姿等、先生が、性格や毛の色など詳しく教え てくれました。
 そこからは、盲導犬の世話は各自が自分の部屋(個室)で寝起きを共にして、すべ てすることになります。午後7時ぐらいの盲導犬の食事が最初の仕事です。これは器 にドックフードを決められた量を入れてやると、アッという間に食べます。午後9時 過ぎにトイレに行きます。最初は引き綱を引いて決められた場所まで手探りで行って 「クイック。クイック。」と言えば、排便をします。そのまま部屋に帰って、後は自 由です。その時は盲導犬がしたシッコやウンチの後片付けのことは考えていませんで した。先生が後片付けをしてくれていました。 それから3日ほどして、排便の時は 尻尾のところにビニールの袋をつけて、シッコやウンチをさせますが、なかなか思う ようには袋に入らず、袋に入っても、それを外してからの後片付けが大変です。慣れ るまでは、ウンチやシッコが手や服について、匂いで気分が悪くなり、その頃は訓練 にこなければよかったと思うことも度々、ありました。それも、1週間もすると段々 と慣れてきます。ペットを飼ったことのない私には本当に大変でした。訓練は午前中 と午後3時間ぐらい実際に道路や駅、スーパーなどに行って、先生がついて訓練をし ます。道路では最初の時は、あまり障害物のない所を歩きますが、段々と障害物の沢 山ある所に行きます。車が停めてあったり、頭のあたりに障害物があったりで、な ぜ、この盲導犬は、素直にまっすぐに歩かないのかと、けっ飛ばしたくなることがあ ります。スーパーはよく知っていて、エレベーターやエスカレーターには、すぐに行 きます。駅ではキップの自動販売機や改札、ホームには、命令するとすぐに連れて 行ってくれますが、ホームは私が怖がりますので、ハーネスを引張りすぎて大変でし た。訓練から帰る時の車の中では、足元に寝さしておるのですが、無理な体勢からで も顎を足の上に乗せてくると、だんだんに可愛さが増してきます。
 盲導犬は普段はおとなしくて、命令をよく聞いて立派だと思われますが、運動場に 行ってハーネスも首輪も外してやると、全く違う犬かと思うほど犬の本能を丸出しで 力一杯走り出します。こうなっては、もう命令もなかなか聞かなくなります。中には カーブを曲りきれずに転げているのもおります。この時のスピードは時速40kmぐら いで走っているそうです。10分ぐらい走らせますと、ストレスも解消するのか、後 は落ち着いてよく命令も聞いてくれます。
 行動訓練所(盲導犬訓練所)での訓練は12月15日までの3週間で終わり、先生 がそれぞれの家まで車で盲導犬と共に送ってくれて、今度は自分の希望する、家の近 くを1週間訓練をしてくれます。
 私はお願いしてウエンズデーと電車を何回も乗り換えて帰ってきました。12月1 5日は小雪のちらつく寒い朝でした。 朝6時前に長野県に帰る訓練生を乗せたマイ クロバスに富田林の近鉄駅まで同乗させてもらい、ここからは初めてのウエンズデー との旅です。
 ノートパソコンを背負って左手にハーネスを持ち、切符を買って改札もうまく通り 抜けて電車に乗り、近鉄の天王寺駅で電車を降りて少し歩いた所で、ウエンズデーの 生理現象が始まりました。ウンチをホームにしたのです。ポケットからビニールの袋 を取り出して、手探りでウンチを拾っていたら、若い駅員さんが来て「お客さん、そ のまま行ってください。私が後片付けをしますので。」と言ってくれました。最後ま で拾って、ウンチの入った袋をポケットに入れようとしたら、その袋を取って、何処 かへ片付けてくれました。それから「何処まで行かれるのか。」と尋ねて、JRの天 王寺駅まで送ってくれました。ありがとう。
 しばらくした時に、またウンチをしてしまいました。同じように拾っているとJR の駅員が来て犬も私もぼろかすに言われました。片付けた後に、切符を買おうと緑の 窓口を尋ねていたら、駅員が3人来て「貴方はどうして切符を持っていないのか。」 としつこく聞いてきました。まだ、改札口を入っていないので「これから切符を買う ところです。」と言っても、なかなか判ってくれません。まるで犯罪人扱いをされま した。20分ぐらい引き止められて、私もたまりかね「なぜ貴方達はそうして私をこ こに引き止めるのか、その理由とお名前を聞かせてください。」と言ったら急に態度 が変わりました。
 緑の窓口で備後赤坂駅までの切符と新幹線の特急券を買ってホームをウロウロして いたら、親切な女の人が来て「何処まで行かれるのか。」と尋ねてくれました。 新 大阪駅改札口で別れてウエンズデーに連れられて新幹線に乗りました。 新幹線に乗 ると緊張がいっきに解けて長野県の友達が別れ際にくれた缶コーヒーを飲んで、それ から車内販売でビールを買って飲んでいましたが、その間もウエンズデーは足元で じっとしていました。時々私の脛のあたりに無理やりに顎を乗せてくるのはとても可 愛くて、これからは一緒に暮らすのだなーと実感が湧いてきました。
 福山駅のホームを歩いている時に、フト、年末ジャンボを思い出したので、福山駅 で途中下車をして、NHK福山放送局の横の販売所で買いました。駅前のバスセン ターまで行って、尋ねるとすぐにバスがあると言ったので、バスの乗り場に行くと小 学校の同級生が乗っていて「K、元気か。」とすぐ隣で声がします。私が「どちら さんですか。」と言うと「Hよ、Hよ。」と言ったのですぐに判りました。四方 山話をしていると停留所に着きバスの運転手が道路まで降ろしてくれました。
 久しぶりの故郷の道。ウエンズデーにとっては初めての道。どんな気持ちでバスを 降りたのだろうか。そこから2knほどの道のりをウエンズデーに、ここは何処と説明 しながら帰ってきました。判るはずもないのにと思いながらも・・・。今までは独り 言でしかなかったのに、これからはウエンズデーが聞いてくれると思えば、心も温か くなってきます。急な坂道を登ると、入り口に柿の木の大きなのがあります。「ウエ ンズデー、ここが新しい家だよ。」階段を2段上ってドアーを開けて玄関に入ると家 内と10月の末に嫁いだ娘が迎えてくれました。いきなりウエンズデーが飛びついた ので、2人ともビックリした様子です。部屋に入って、クンクンと匂いをかいで回る ので、それぞれがイメージしていたのとは全然違っていたようです。3人とウエンズ デーとで、お茶を飲みながら「何時迎えにこいと電話がかかるか2人で待ってい た。」と話していました。

3 ウエンズデーと共に歩く
 盲導犬と上手に歩くには、ユーザーがいかにその盲導犬を信頼できるかにかかって いると私は思います。崖や階段の近くに行くと今までのように白杖で確認をしないの で、ただただ、盲導犬を信頼するだけです。かあちゃんもね。いずれにしても、人間 に感情があるように盲導犬にも感情があります。仲良く末永くウエンズデーよろしく お願いします。


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