ねこぽんの徒然日記

巻の八〔最終回)

 諦めていた眼だったのに

 先日、国体の関係でお休み返上で仕事に出て行った夫が、3時ごろに家に帰ってきました。
「国体見にいかない?記念になるしね。」

 私達が会場に到着したのは、夕方5時ごろだったので、もう競技は終わっているかと思いました。が、まだトラック競技をやっていました。私の視力も落ちてしまったので、もう見えないだろうと思っていたのです。ところが、見えるのです!5000メートル走の決勝で、トラックの中を懸命に走っている一人一人の姿が見えるのです!
「あれ、とても日焼けした人がいるね。」
と私が夫に言うと、
「黒人の人も走っているんだよ。」
と夫は教えてくれました。

 幅跳びは、夫が私の手を持って選手のいる方向を示してくれたので、選手を見つける事が出来ました。あっ、飛んだ!すごい、7メートル超えてる!
「あれが聖火台だよ。」
夫は又、私の手を持って、方向を教えてくれます。あっ、炎がゆらめいているのが見える!感動で胸が一杯になりました。

 昨年、私は白内障の手術を受けました。視野は欠けたままですが、文字は何とか読めるようになりました。でも、階段が見えるようになるかと少し期待していたのに、やっぱりこれは無理でした。ちょっと薄暗くなるだけで、視力が極端に落ちるので、結局、白杖を手放す事は出来ませんでした。国体会場の階段の段差も、夫に手を引いてもらい、自分でも白杖で確認しながらの移動で、席も手で触って位置が分かりました。こんな私だから、おそらく選手の姿は見えないだろうと思っていたのです。

 ところが、記念すべき国体のワンシーンを、もう諦めかけていた自分の眼で見る事が出来ました。(多分、強い照明が当たっていたので見やすかったのだと思いますが。)だから、私は嬉しくて嬉しくて仕方がありませんでした。

 帰りがけ、あまりの感動に暗闇の中、私が、
「見えた。見えた。見えてよかった。」
と、何度も言いながら泣いていると、夫が、
「白杖持って、『見えた、見えた。』って騒ぐなよ。」
と笑っていました。

 国体会場を後にした暗闇の中で、夫がポツリと言いました。
「大丈夫、僕が一生、ねこぽんの白杖になってあげるから。」
「本当?そんな事言って、先に逝ったりしないでよ。私の方が11才も若いんだからね。」
と私が言うと、二人で大笑いになりました。

 こんな優しい夫ですが、家ではほとんど何も手伝ってくれません。(苦笑)部屋が汚れている事に気がついても、自分から汚れをふき取ろうともしません。これって、私の教育が悪かったのかなぁ?(笑い)
 でも、私がこれだけ白杖を堂々ともてるのも、
「胸を張って白杖を持ちなさい。白杖を持っている事は、全然恥ずかしい事じゃないんだよ。」
という夫の言葉のお陰だからです。だから、夫には心から感謝しています。

 今後、私の眼がどうなるのかは分かりません。(もっと悪くなるのかもしれない。)でも、明るく照らし出された国体会場、そして夫と手をつないで一緒に見たあの光景は、これから先、ずっと私の心に思い出として残る事でしょう。手術をしてくださったお二人の先生、本当にありがとうございました。

 さて、実はこの日記も、今回で最終回なんですよ。辛抱強く読んでくださった皆様、長い間ありがとうございました。
 それでは。

日記は今回で最後となりましたが、ねこぽんさんへのメールは今後も受け付けます。こちらまでお送りくださいませ。ちゃんとご本人へ転送しますので、よろしくお願いします。(奥村)

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